銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】イニシェリン島の精霊

映画日誌’23-06:イニシェリン島の精霊
 

introduction:

スリー・ビルボード』などのマーティン・マクドナー監督による人間ドラマ。マクドナー監督作『ヒットマンズ・レクイエム』でも組んだコリン・ファレルブレンダン・グリーソンが主演し、『スリー・ビルボード』などのケリー・コンドン、『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』などのバリー・コーガンらが共演。ベネチア国際映画祭コンペティション部門で最優秀男優賞と最優秀脚本賞を獲得し、第95回アカデミー賞でも作品、監督、主演男優、助演男優、助演女優ほか8部門9ノミネートを果たした。(2022年 イギリス/アメリカ/アイルランド)
 

story:

1923年、本土が内戦に揺れるアイルランドの孤島、イニシェリン島。島民全員が顔見知りである平和な島で暮らすパードリックは、長年の友人であるはずのコルムから突然絶縁されてしまう。理由も分からず動揺するパードリック。妹のシボーンや隣人ドミニクの力を借りて解決を試みるも、ついにコルムから「これ以上自分に関わると自分の指を切り落とす」と言い渡される。やがて美しい海に囲まれたこの島に、死を知らせると言い伝えられる“精霊”が降り立ち...。
 

review:

えーん、どえらいもん観ちゃったよぅ(涙目)。という気持ちであるが、マーティン・マクドナー監督は前作『スリー・ビルボード』も私にとって生涯忘れ難い作品のひとつであり、本作も同様にずしりと心に重くのしかかってきた。それだけのことだ。美しい孤島でちょっと仲違いした住人同士が心を通わせて仲直りするような物語ではない。賛否両論あるだろう。特に鬼才マーティン・マクドナーを知らず、映画に答えやエンタメ性を求める人には何も得るものがない、ただの胸糞映画なのかもしれない。
 
舞台は1923年。アイルランドの孤島、イニシェリン島。原題は『The Banshees of Inisherin』で、bansheeは人の死を予告するというアイルランドの精霊のこと。コリン・ファレル演じるパードックが、長年の友人コルムから一方的に絶縁されるところから物語は始まる。島で一番のバカと言われる隣人ドミニクに「12歳かよ」と揶揄され、とりつく島もないコルムの態度に最初はパードックを気の毒に思ってしまう。後に明らかになることには、それはもう身も蓋もない理由なのだが、絶交を決意したコルムの気持ちも分かりすぎるという塩梅だ。
 
パードックがこよなく愛するロバのジェニーがとってもかわいいのだが、ヨーロッパにおいてロバは愚か者の象徴である。賢い妹シボーンに知能全部吸い取られちゃったのかな、ちょっと頭が弱そうなパードックはコルムの気持ちなどお構いなしで付き纏い、周囲を巻き込みながらお互いを追い詰めていく。パードックの妹シボーンに言わせると、この島の住民はみな退屈で悪意に満ちている。警官も神父も全員クソだ。シボーンが島のことをめったクソに言うので現地の人々を思い心配になったが、架空の島らしい。よかった・・・。
 
マーティン・マクドナーは本作を当初、戯曲として書いたのだそうだ。簡潔ながら巧みな脚本で、ヒリヒリとした緊張感のなかにシニカルな笑いを織り込み、生きることの悲哀と可笑しみを同時に映し出す。人間的な、実に人間的な愚かさや不寛容、暴力性を残酷に暴き出していく。そして怒りと憎しみの果て、後悔と絶望を乗り越えた向こうに救済と愛を見つける。途方に暮れる我々に大きな問いを投げかけてくるが、そこに教訓はない。そのあたり『スリー・ビルボード』にも通ずるものがあり、監督の新作を待ち望んでいた私とって期待通りの秀作であった。
 

trailer: