銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ペイン・アンド・グローリー

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映画日誌’20-21:ペイン・アンド・グローリー
 

introduction:

『オール・アバウト・マイ・マザー』『トーク・トゥ・ハー』などで知られるスペインの巨匠ペドロ・アルモドバル監督が、長年タッグを組んできたアントニオ・バンデラスを主演に迎えた自叙伝的ドラマ。アルモドバルのミューズ、ペネロペ・クルスほか、『あなたのママになるために』などのアシエル・エチェアンディア、『エンド・オブ・トンネル』などのレオナルド・スバラーリャのほか、ノラ・ナバス、フリエタ・セラーノらが共演。2019年・第72回カンヌ国際映画祭で主演男優賞を受賞。第92回アカデミー賞でも主演男優賞、国際長編映画賞にノミネートされた。(2019年 スペイン)
 

story:

映画監督として世界的に活躍していたサルバドールは、脊椎の痛みから生きがいを見出せなくなり、心身ともに疲弊していた。引退同然の生活を余儀なくされていた彼は、頻繁に過去を回想するようになる。母親のこと、幼少期に移り住んだスペイン・バレンシアでの出来事、マドリッドでの恋と破局。そんなある日、彼のもとに32年前に撮った作品の上映依頼が届く。思わぬ再会が、心を閉ざしていた彼を過去へと翻らせていくが...
 

review:

スペインの巨匠ペドロ・アルモドバルについては、息子を失った母親を描いた『オール・アバウト・マイ・マザー』、昏睡状態に陥った女性たちを取り巻く物語『トーク・トゥ・ハー』、血の繋がった三世代の女性たちを描いた『ボルベール〈帰郷〉』の「女三部作」も素晴らしかったが、個人的には、アルモドバルの変態性がくっきりと炙り出された『私が生きる肌』が好きだ。狂気と官能にまみれ、残酷で滑稽なのに隅から隅まで美しい。マスク・オブ・ゾロのねっとりした視線すら、芸術的である。
 
淡々と深みを湛えた語り口で、どこか破綻しながらも生きていこうとする人間の愛おしさ、不完全なる人生の可笑しみを描かせたら天才的であるし、緻密に計算された構図、画角をいろどる鮮やかな色彩、丁寧で美しい演出のすべてに終始目を奪われてしまう。アルモドバルの「赤」に魅せられたいちファンとして、本作の公開をとても楽しみにしていた。という前置きをしつつ、正直に言おう。た、退屈!!!特に前半が退屈!睡魔襲ってくるやんけ。これは由々しき事態。まあ、アルモドバルにはたまに裏切られてきたので(『アイム・ソー・エキサイテッド!』とか)驚きはしないけど、ペネロペさんがスペインの肝っ玉母さん演じている系のアルモドバル作品で退屈するとは何事ぞ。
 
なぜか考えてみる。淡々とした語り口はいつものことだが、どことなく画に力がない。たぶん、これが一番の理由だろう。いつも、強烈なインパクトを残すアルモドバルの映像に魅了されていたからか、どこか精彩を欠いていたように感じてしまう。たくましく生きる女性たちの姿、時代に抑圧されたセクシュアリティ、母と子の絆という、アルモドバルが一貫して描き続けてきたテーマがぎゅっと凝縮されているが、どうにもまとまりがなく、吸引力がない。ものすごく集中力が必要だったのかもしれない。たまたま、観たときの心身のコンディションが悪かったか、相性が悪かったのだろうなぁ。
 
振り返ってみれば、もしかすると素晴らしい映画体験だったのかもしれない、と思うからだ。過去の輝きは、今となっては痛みであり、サルバドールを苦しめ続けるが、思いがけず過去と向かい合い、そこにあった愛を知ることで、人生を修復していく。アルモドバルは、絶望と幸福を同時に紡ぎ、想像だにしなかったエンディングに観客を連れていくのだ。やっぱりこの奇才はとんでもないなぁ、と思いつつ、あえて身も蓋もないことを言うならば、そもそもストーリー自体がそんなに面白くなかったんじゃないかと思っている。だって眠かったもん!!!アルモドバルが好きな人にはおすすめ。映画をたまにしか観ない人には勧めない。とか言いながら、アルモドバルが新作を撮れば、きっとまた、観るのだろう。
 

trailer:

 

【映画】SKIN/スキン

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映画日誌’20-20:SKIN/スキン
 

introduction:

2003年に米国で発足したレイシスト集団「ヴィンランダーズ」の共同創設者ブライオン・ワイドナーの実話を映画化。イスラエル出身のユダヤ人監督ガイ・ナティーブは、この作品の製作資金を募るため私財で短編『SKIN』を製作。短編は2019年アカデミー賞・短編映画賞を受賞し、長編の製作が実現した。主演は『リトル・ダンサー』『ロケットマン』などのジェイミー・ベル。『パティ・ケイク$』などのダニエル・マクドナルドほか、ビル・キャンプ、ヴェラ・ファーミガらが出演している。北米配給はA24が担当。(2019年 アメリカ)
 

story:

スキンヘッドに差別主義を象徴するタトゥーに覆い尽くされた身体。十代で親に見捨てられ、白人至上主義者グループを主宰するクレーガーとシャリーンに拾われて実子同然に育てられたブライオン・“バブス”・ワイドナーは、筋金入りの差別主義者となり、憎悪と暴力に満ちた人生を歩んでいた。ある日、3人の幼い娘を育てるシングルマザーのジュリーと出会った彼は、自分の生き方に疑問を持ち始める。グループを抜け、彼女と新たな生活を始めようと決意するが、前科とタトゥーが原因で仕事に就くことができず、また、裏切りを許さないかつての同志たちからの執拗な脅迫が続いていたが...
 

review:

ホロコーストを生き延びた祖父母を持つガイ・ナティーヴ監督。レイシストとして暴力的な活動に身を投じていた過去の自分と決別するため、計25回、16カ月に及ぶ過酷なタトゥー除去手術に挑んだブライオン・ワイドナーを追うTVドキュメンタリー「Erasing Hate」に感銘を受け、長編映画化を思い立ったそうだ。しかし彼の企画に賛同する映画会社は現れず、製作資金を作るために貯金をはたいて同じテーマの短編『SKIN』を製作。大きな反響を呼び、資金調達に成功しただけでなく、2019年アカデミー賞・短編映画賞を獲得している。
 
短編の出来が良すぎた。フィクションならではのストーリーだから当然か。いずれにしても、長編も短編と同じく、憎しみと怒りの連鎖が悲劇を生み、自分自身に還ってくる因果応報譚ではある。それは白人至上主義がテーマの『アメリカン・ヒストリーX』を彷彿とさせるが、この名作には及ばず、という印象だ。なお、『アメリカン・ヒストリーX』の製作年を改めて確認してみると1998年であり、22年の月日が経っても変わらない、あるいはヘイトが加速しているような現状にいささか失望させられる。ついでに22年の月日が、同作で弟を演じたエドワード・ファーロングの美貌を完全に損なわせたことを知り、時間とは残酷なものだなと。薬物乱用は ダメ。ゼッタイ。
 
さて、米国にはKKKやネオナチ、オルト・ライトなど1000以上のヘイト団体が存在するという。本作の主人公、ブライオン・ワイドナーは14歳でスキンヘッドになり、16年間ものあいだ、アメリカ中西部で暴力的な人種差別活動に携わった。おそらく様々な理由であろう、家を飛び出し行き場を失った子どもたちが、白人至上主義者に言葉巧みに拾われ、居場所や食べ物と引き換えにその思想に取り込まれ、レイシストに育て上げられる様子が、本作中にも描かれている。そして、その子どもたちが大人になると働かせて経済的に搾取するのだが、その洗脳と支配の構図が映し出されているのは興味深い。
 
ただ個人的には、レイシスト集団「ヴィンランダーズ」、転向する人の手助けをする反ヘイト団体「One People’s Project」の活動実態をもう少し掘り下げてほしかった。また、実話に基づいていると、その事実が「ある」前提で物語が組まれるからか、シングルマザーのジュリーと恋に落ちる必然性が見当たらない。全身にタトゥー刻むほどのアイデンティティを捨てさせるような愛が育まれていたの!?どこで!?というくらい説得力がない。そしてタトゥー除去の様子が冒頭から挿入されるので、無事に団体と決別できた未来が約束されてしまって、ブライオン一家の逃亡劇もどこか緊張感を削ぐ。と言うわけで、映画としては全体的に詰めの甘さが否めないが、この世界で現実に起こっていることを知るきっかけとしては、観るに値する作品だろう。
 

trailer:

【映画】ホドロフスキーのサイコマジック

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映画日誌’20-19:ホドロフスキーのサイコマジック
 

introduction:

『エル・トポ』『ホーリー・マウンテン』で知られる鬼才アレハンドロ・ホドロフスキー監督が、自身が考案した心理療法「サイコマジック」について語る集大成的作品。フランスのシンガー・ソングライターアルチュール・アッシュをはじめ、実際にホドロフスキーのもとに相談に訪れた10組の人々が出演し、「サイコマジック」がどのように実践されてきたかを描く。そして、これまでの映像表現に「サイコマジック」がどう作用してきたのか、過去作や実験的映像を用いて解き明かされていく。(2019年 フランス)
 

story:

心理療法「サイコマジック」を考案したアレハンドロ・ホドロフスキー監督のもとに、悩みを抱えた10組の人々が訪れ、その処方を受ける。父親から虐待され、自殺寸前まで追い込まれた男性、母親の愛を受けずに育ち、自分が母親になる自信がない女性、夫婦関係の危機に直面した男女、自分の女性性と男性性の調和に悩むチェロ奏者、結婚式の前日にスカイダイバーの婚約者が自殺した女性、吃音症に悩む男性、今も亡き父との関係に苦悩するミュージシャン、アルチュール・アッシュ...。
 

review:

アレハンドロ・ホドロフスキーはチリ出身の映画監督、俳優、劇作家、詩人、作家、音楽家、バンド・デシネ作家、スピリチュアル・グル、タロティスト。もはや何者かよく分からない。いっそ、職業:ホドロフスキーって書いておけよと思う、御歳91歳の生きる伝説である。
 
1970年、ニューヨークで深夜上映された二作目の監督作品『エル・トポ』が、ジョン・レノンアンディ・ウォーホルなどカウンター・カルチャーを代表する著名人から強烈に支持され、カルト映画の金字塔となった。ビートルズの事務所社長アレン・クラインが次作の制作資金100万ドルを提供し、1973年『ホーリー・マウンテン』を発表。公開後3日で打ち切りになるという神話を残し、彼の作品は「よく分かんないけど面白いって言っておけば一目置かれそうな前衛的かつ寓話的で難解な映画」というサブカル男子の試金石となり、ホドロフスキーは寡作ながら“カルトムービーの鬼才”として映画史に名を残す存在となったのだ。
 
『エル・トポ』『ホーリー・マウンテン』の狂気と美学がどこから来るのか。自身のルーツを掘り下げた自伝的映画『リアリティのダンス』(2013)、『エンドレス・ポエトリー』(2016)を観れば、ホドロフスキーのことが少しは分かるかもしれない。抑圧的で支配的な父親、人生を嘆いて歌うように話す母親。道化、占い師、フリークスたち。ホドロフスキーの瑞々しい感性で描かれる、生々しく幻想的な、残酷で美しい、生き死にの全て。芸術や倫理すら超越するその創造性は唯一無二にして、まるで魔法のようだ。
 
ホドロフスキーは本作で、自身のこれまでの作品での映像表現がいかに「サイコマジック」という技法によって貫かれているかを解き明かしていく。ドイツの精神分析学者エーリッヒ・フロムとともに精神分析を学んだホドロフスキーは、「サイコマジック」という心理療法を考案し、自身をフロイトと対置した上で「科学を基礎とする精神分析的なセラピーではなく、アートとしてのアプローチから生まれたセラピーである」と語る。”言葉”ではなく”行為”で人々の無意識に訴えかけ、遮るものを解き放ち、癒しをおこなうと言うのだ。
 
ずっと不思議だった。なぜ、ホドロフスキーの映像世界にこんなにも心を鷲掴みにされ、幸福感に胸が震えて泣きそうになるのか。私自身も、無意識のうちに「サイコマジック」のセラピーで救われていただけなのか。ただそれだけを目の当たりにした。映画として面白かったかどうかなんて分からないし、そんなことはもはや、どうでもいいのである・・・。
 

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【映画】ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語

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映画日誌’20-18:ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語
 

introduction:

ルイザ・メイ・オルコットの自伝的小説「若草物語」を、『レディ・バード』などのグレタ・ガーウィグがメガホンを取り映画化。19世紀後半のアメリカを舞台に、個性豊かなマーチ家の四人姉妹を描く。『つぐない』『レディ・バード』のシアーシャ・ローナン、『ハリー・ポッター』シリーズのエマ・ワトソン、『君の名前で僕を呼んで』のティモシー・シャラメ、『ミッドサマー』のフローレンス・ピューのほか、ローラ・ダーンメリル・ストリープクリス・クーパーなど豪華なキャストが集結。第92回アカデミー賞では作品賞、監督賞を含む6部門にノミネートされ、衣装デザイン賞を受賞した。(2019年 アメリカ)
 

story:

南北戦争時代下のアメリカ、マサチューセッツ州のマーチ家。女優志望の美しい長女メグ、作家志望で自立心旺盛な次女ジョー、音楽の才能に恵まれるが病弱な三女ベス、絵の才能があり社交的だが頑固な四女エイミーの4姉妹は、愛情深い母とともに、北軍の従軍牧師として出征している父の留守を守って慎ましく暮らしている。父の帰還から7年の月日が経ち、隣家の幼馴染みローリーのプロポーズを拒んだジョーは、作家になる夢を追い掛けてニューヨークにいた。自分にとっての幸せを追い求めて、姉妹はそれぞれの道を歩んでいたが...
 

review:

邦題のストーリー・オブ・マイライフってどこから持ってきたんや。原題が”LITTLE WOMEN”なんだから、そのまんまでええやんけ・・。ちなみに”LITTLE WOMEN”は、著者のルイーザ・メイ・オルコットの父親が、実際に娘たちをそう呼んでいたことに由来するそうだ。幼い娘たちを少女扱いすることなく、一人の立派な女性であるという意味合いで用いられていたそうだ。ますます”LITTLE WOMEN”でよくない!?
 
さて、「若草物語」といえば、少女のバイブルである。美しい長女メグ、ボーイッシュな次女ジョー、愛情深い三女ベス、おしゃまな四女エイミーの、何気ない日々の暮らしを幾度となく読み返し、異なる国の違う時代を生きた4姉妹に想いを馳せたものだ。この物語は今作以前も繰り返し映像化されているが、いかに長い間、読み継がれてきたものか分かる。1世紀半前、南北戦争を背景に書かれたとは思えないほど、リベラルな内容だからだろう。自立した女性を目指すジョー、そんなジョーを愛するローリー。黒人奴隷解放のため北軍の従軍牧師として出征しているマーチ家の父。貧しい隣人に尽くす母。
 
原作は「若草物語」「続 若草物語」「第三若草物語」「第四若草物語」まで出版されているが、今作では「続 若草物語」で実家を離れた4姉妹にフォーカスし、それぞれが過去を振り返るかたちで「若草物語」が挿入されている。そのため、続編を読んでいなければ新しい展開を楽しみつつ、かつて胸をときめかせた「若草物語」のエピソードたちの再現VTRを堪能することができる。おなじみの場面、セリフのひとつひとつやディティールがそれなりに忠実に描かれており、何とも嬉しい気持ちになる。成長し、現実に直面して苦悩する様子と、みずみずしく輝く少女時代の鮮やかなコントラストが、作品に奥行きを出す。さすがグレタ・ガーウィグ、いい仕事するなぁ。物語に引き込まれる脚本と構成が見事。
 
サラ・ポーリーが監督に起用される話もあったらしい。それはそれで観てみたいけど、グレタ・ガーウィグ若草物語は素晴らしかった。ずっとシアーシャ・ローナンの顔面が苦手だったけど、初めて好きになれる気がしたよ。メグ役もエマ・ストーンじゃなくてエマ・ワトソンで本当によかった。エマ違いとかじゃなくて、最初はストーンが配役されていたらしい。いやいくらなんでも10代の少女役は無理でしょうよ。そして、三女エミリーを演じた『ミッドサマー 』のフローレンス・ピューも良かった。鼻ぺちゃは設定通りだとして、ガタイの良さとドスの効いた声は意外だっだけど、4姉妹の美人担当はメグだから適役とも言える。ベス役のエリザ・スカンレン、ミセス・マーチ役のローラ・ダーンの聖女ぶりも尊い。ローリーがティモシー・シャラメなのは世相だから仕方ない。総じて素敵な映画体験であった。
 

trailer:

【映画】15年後のラブソング

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 映画日誌’20-17:15年後のラブソング

 

introduction:

アバウト・ア・ボーイ」などの著書があり、『ブルックリン』などの脚本家としても知られる小説家ニック・ホーンビィの小説「Juliet, Naked」をベースにしたロマンティック・コメディ。ドラマシリーズ「ナース・ジャッキー」などのジェシー・ペレッツが監督を務め、『ピーターラビット』シリーズなどのローズ・バーン、『恋人までの距離』『ビフォア』シリーズなどのイーサン・ホーク、『モリーズ・ゲーム』などのクリス・オダウドらが出演する。(2018年 アメリカ,イギリス)
 

story:

イギリスの港町サンドクリフで、美術館のキュレーターとして働いている30代後半のアニー。長年の一緒に暮らす恋人のダンカンと何不自由ない生活を送っていたが、どこか充たされない思いを抱えていた。ダンカンは1990年代に表舞台から姿を消した伝説のロック歌手タッカー・クロウに心酔していたが、アニーはそのことにうんざりしていた。ある日、タッカーが原因でダンカンと口論になった彼女は、ダンカンが運営するファンサイトに酷評するレビューを投稿してしまう。それを読んだタッカー本人から、アニーのもとに一通のメールが届き...
 

review:

イーサン・ホークって知ってる?むかしむかし、20世紀の終わり頃、『いまを生きる』や『リアリティ・バイツ』で独特の存在感を放っていた、少々物憂気な眼差しが魅力的な美青年がおったんじゃ・・・。時は流れ、紆余曲折した彼の顔にはその人生が深く刻まれ、年相応のくたびれたおじさんになった。でも、あの時の美青年に魅了されたいつかの乙女は、イーサン・ホークが出演していると何となく観に行ってしまうのだ。
 
イーサン・ホーク氏、今回はタッカー・クロウという伝説的シンガー(ツアーの途中で姿を消し、行方知れず)を演じている。しわしわにくたびれて、役作りでボッテリ太ってても、素朴さと色気が共存するイーサン・ホークの魅力を堪能できたので100点。しかも緊急事態宣言下で映画館通いを何ヶ月も辛抱した状況で、映画に対して限りなく優しい気持ちになっており冷静な判断ができないが、いやこれ、なかなか面白かったんじゃないか・・・?
 
タッカー・クロウの信奉者ダンカンと15年も一緒に暮らしていたアニーと、タッカー・クロウ本人の物語だ。ダンカン、こういう面倒臭い男は世界中におるな。この良さが分からないなんてどうかしてるよ、とか平気で言ってくるサブカル系男子。知らんけど。タッカー・クロウ博物館とも言えるダンカンの地下室、私には『死霊館』シリーズのローレン夫妻宅にあるオカルト博物館にしか見えない。
 
アニー、なんでコイツと15年も一緒におったんや・・・って思うけど、ロンドンに比べると刺激が少ない田舎の港町で、少々教養があってなんとなく文化の香りがする、しかも外からやってきた男が素敵に見えちゃう気持ち、わからんでもない。だって田舎町だと稀少種だから、少々難ありでもこれを逃したらもう次がないと思っちゃう。わかる、わかるよー。
 
私の人生に何があったかは置いといて、この映画のよく分からない面白さは、アニーの揺れ動く心情の描写がなかなかリアルで、彼女にシンクロしてしまうからだろう。原作者おっさんだし監督もおっさんなんだけどな。脚本もよく出来ていたし、テンポの良い展開で気持ち良く観ていられる。素敵な映画であった。もう一回観るかと聞かれたら多分観ないし、配給会社がつけた超絶ダサイい邦題で全てが台無しだけども、食わず嫌いしたら勿体ないかもしれないよ。
 

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【映画】ハリエット

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映画日誌’20-16:ハリエット
 

introduction:

アフリカ系アメリカ人として史上初めて20ドル紙幣の肖像に採用され、アメリカでは誰もが知る実在の奴隷解放運動家ハリエット・タブマンの激動の人生を描いた伝記ドラマ。監督は『クリスマスの贈り物』などのケイシー・レモンズ。ミュージカル「カラー・パープル」の主人公セリー役でブロードウェイ・デビューを果たし、トニー賞主演女優賞、グラミー賞エミー賞ほか数々の賞を獲得した実力派ミュージカル女優シンシア・エリボが主演を務める。主題歌「スタンド・アップ」も担当し、第92回アカデミー賞主演女優賞と歌曲賞にダブルノミネートされた。共演は『オリエント急行殺人事件』などのレスリー・オドム・Jr、『ドリーム』などのジャネール・モネイら。(2019年 アメリカ)
 

story:

1849年アメリカ、メリーランド州ドーチェスター郡。ブローダス家が所有する農場で、幼い頃から過酷な生活を強いられてきた奴隷のミンティは、自由の身となって家族と一緒に人間らしい生活を送ることを願っていた。ある日、奴隷主エドワードが急死し、借金の返済に迫られたブローダス家はミンティを売りに出すことに。遠く離れた南部に売り飛ばされることは、もう二度と家族に会えなくなることを意味しており、ミンティは脱走を決意する。奴隷制が廃止されたペンシルベニア州を目指し、たったひとりで旅立つが...
 

review:

COVID-19感染拡大の影響で上映延期の憂き目にあっていた本作だが、いざ公開されてみると、ミネソタ州ミネアポリス近郊で黒人男性ジョージ・フロイドが白人警察官の不適切な拘束方法によって死亡した事件をきっかけに、ブラック・ライブズ・マター(BLM)運動が大きなうねりとなって世界中にひろがっていた。何とも皮肉な話である。

なお、BLM運動は今に始まったことではなく、2013年2月にフロリダ州で黒人少年トレイボン・マーティンが白人警官ジョージ・ジマーマンに射殺された事件に端を発し、SNS上で#BlackLivesMatterというハッシュタグが拡散されたことに始まっている。自由を求めて闘った奴隷解放運動家ハリエット・タブマンが亡くなった1913年からちょうど100年が経っても、人々はまだ、闘っていなければいけないのだ。

じゃあ、アフリカ系アメリカ人の苦難はいつから始まったのか?植民地アメリカでは1619年に最初のアフリカ人奴隷の記録があるそうだ。大西洋奴隷貿易は15世紀末から19世紀半ばまで続き、1千万人以上のアフリカ人が強制的にアメリカ大陸へと送られた。

ハリエットことミンティは先祖代々奴隷であり、生まれてくる子どもも奴隷となる運命だと告げられ、絶望するところから映画が始まる。そして奴隷制度を正当化するために歪められたキリスト教の教えに従い、「鍬をしっかり掴んで、主人に仕えて働け」と歌い上げられる黒人霊歌が悲しい。

18世紀、農園で働く黒人奴隷はおよそ人間らしい扱いなど受けていなかったであろうが、そのあたりの描写はソフトだ。それどころか、10代のときに頭部に大怪我をした後遺症でナルコレプシーを患うミンティが、「神の声」を頼りに奇跡を起こしていく様子はファンタジーすら感じる。

ミンティさん大活躍の快進撃、面白かった。面白かったんだけど、拭えないコレジャナイ感。どこまでが真実なの・・・?って困惑したが、大体史実らしい。マジか。命からがら逃げ出してきた南部に戻って奴隷救出という極めて危険な作戦を幾度となく成功させ、南部戦争ではスパイとして暗躍しただけでなく、アメリカ史上初の女性指揮官として兵士を動かしている人物を描くには、いささか非合理だ。

個人的には、北部に逃亡する奴隷を匿う手助けをしていた秘密結社「地下鉄道」の背景をもう少し丁寧に描いて欲しかった。少々の物足りなさが残るが、それでも今観るに値する作品であったと思う。

 

「あなた達の居場所を用意しておくために私は行くのよ」——ハリエット・タブマン

 

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【映画】ジョン・F・ドノヴァンの死と生

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映画日誌’20-15:ジョン・F・ドノヴァンの死と生
 

introduction:

『Mommy/マミー』でカンヌ国際映画祭審査委員賞を受賞し、前作『たかが世界の終わり』でカンヌ国際映画祭グランプリに輝いたグザヴィエ・ドランによる、初英語監督作品。ニューヨークを舞台に、夭折したスター俳優と少年の密かな交流と、謎に満ちた死の真相が描かれる。主演はドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」シリーズなどのキット・ハリントン、『ルーム』『ワンダー 君は太陽』などで知られる天才子役ジェイコブ・トレンブレイナタリー・ポートマンスーザン・サランドンキャシー・ベイツら、豪華な顔ぶれが共演する。(2019年 カナダ,イギリス)
 

story:

2006年、ニューヨーク。人気俳優のジョン・F・ドノヴァンが29歳の若さでこの世を去った。自殺か事故か、あるいは事件か、謎に包まれた死の真相の鍵を握るのは、11歳の少年ルパート・ターナーだった。それから10年の時が過ぎ、ジョンとルパートの“秘密の文通”が一冊の本として出版される。新進俳優として注目される存在になっていたルパートが、彼と交わした100通以上の手紙の公開に踏み切ったのだ。そしてルパートは、著名なジャーナリストの取材を受け、すべてを明らかにすると宣言するが...
 

review:

美しき天才、グザヴィエ・ドランの新作である。19歳の時に監督、主演、脚本、プロデュースをした半自叙伝的なデビュー作『マイ・マザー』で国際的に高い評価を得、その後『わたしはロランス』がトロント国際映画祭で最優秀カナダ映画賞受賞、カンヌ国際映画祭ある視点部門女優賞とクィア・パルム賞を受賞。『Mommy/マミー』で、カンヌ国際映画祭審査員賞受賞、カナダ・スクリーン・アワードで最優秀作品賞を含む9部門を受賞。前作『たかが世界の終わり』は、カンヌ国際映画祭グランプリはじめ、セザール賞最優秀監督賞と最優秀編集賞など多くの映画賞を受賞。って、この子まだ20代よ。恐ろしい子・・・!と言う訳で、公開を待ち望んでいたのであるが、8歳だったドランが当時『タイタニック』に出ていたレオナルド・ディカプリオにファンレターを書いたという自身の思い出をヒントに、着想から10年の歳月を経て挑んだ本作は、これまでの作品と比べるとやや大衆寄りだ。以前からのファンに言わせれれば「こんなのドランじゃない」らしい。ハリウッド臭が鼻につくと、賛否両論。私も『わたしはロランス』に魅了されて以来ドランを追いかけてきたが、いやいや、難解だから芸術性が高いということではないし、分かりやすいことが低俗ということでもないだろう。大衆に歩み寄ったとしても、ドランはドランである。とにかく映像が圧倒的に美しい。おそらく計算され尽くした、鮮烈な印象を残す映像表現に、Adeleの ”Rolling in the Deep” やThe Verveの "Bitter Sweet Symphony” などのエモーショナルな音楽が効果的に挿入され、もうそれだけで惹きつけられてしまう。やはり、グザヴィエ・ドランの才能に魅せられてしまったら、もう抗えないのだ。彼の映像世界はいつだって我々を驚喜させ、感情の奥深いところを揺さぶる。ドランの感性を堪能できた私はたいへん満足したのであるが、ドランがこだわり続けている、母親と息子の葛藤、セクシャルマイノリティ(ゲイ)の生きづらさ、といったテーマは相変わらず。たしかに言われてみると、もうそろそろ良くない!?って思ったりもする。しかも今回にいたっては、生い立ちやセクシャリティに共通点を持つ、スター俳優ジョンとそれに憧れる少年ルパートが交わしていた秘密の文通を軸に、青年ルパートが回想しながら死の真相に迫るって、テーマ増幅させすぎや。ストーリーと構成に関しては少々脇が甘い。しかし、そんなことはどうでもいいのである。なぜなら、圧倒的に美しかったから。そして、「マイ・プライベード・アイダホ」のオマージュが素敵だったから。
 

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