銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ビール・ストリートの恋人たち

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-16
『ビール・ストリートの恋人たち』(2018年 アメリカ)
 

うんちく

前作『ムーンライト』で第89回アカデミー賞作品賞に輝いたバリー・ジェンキンス監督が、ドキュメンタリー映画私はあなたのニグロではない』の原作でも知られる米黒人文学を代表する作家ジェームズ・ボールドウィンの小説をもとに、1970年代ニューヨークのハーレムに生きる若い恋人たちの愛を描いたヒューマンドラマ。『ムーンライト』と同じく「プランB」が製作に名を連ね、オーディションで抜てきされた新人女優キキ・レイン、『栄光のランナー/1936ベルリン』などのステファン・ジェームスが出演。第91回アカデミー賞では脚色、助演女優、作曲賞の3部門にノミネートされ、母親役のレジーナ・キング助演女優賞受賞に輝いた。
 

あらすじ

1970年代のニューヨーク。19歳のティッシュと22歳のファニーは、幼いころから共に育った幼馴染だったが、いつしか互いを運命の相手として意識するようになり、愛を確かめ合うようになる。強い絆で結ばれたふたりは幸せな生活を送っていたが、ある日、小さな諍いで白人警察の怒りを買ったファニーが身の覚えのない強姦罪で逮捕されてしまう。ふたりの愛を守るため、家族と友人たちはファニーを助け出そうと奔走するが...
 

かんそう

ビール・ストリートは、アメリカ・テネシー州のメンフィスに実在する通りの名前だ。繁華街の中心部にあるこの通りは、アフリカ系アメリカ人によって作られた音楽“ブルース”発祥の地であり、音楽、エンターテインメント、歴史の中枢でもある。いわば、困難な状況に置かれながら、美しい音楽を生み出してきた黒人たちの”強さ”を象徴するものだ。アメリ黒人文学を代表する作家ジェームズ・ボールドウィンがこのタイトルに込めた願いに思いを馳せる。ハーレム生まれのボールドウィンは1948年からパリに暮らしていたが、1957年アメリカに帰還し、マルコムXキング牧師らとともに公民権運動に身を投じる。「私はニガーではない。私がニガーだと思う人はニガーが必要な人だ。白人がニガーを生み出したのです。何のために?それを問えれば未来はあります。」と『私はあなたのニグロではない』で語っている。原作が発表された1974年から45年の年月が経っているが、黒人の冤罪事件は無くなっていない。本作の舞台を現代に置き換えたとしても、違和感はないだろう。その怒りと嘆きを、バリー・ジェンキンス監督らしい、静かな語り口で紡いでいく。美しい旋律と官能的な映像によって、若いふたりのイノセントな、美しい純愛が描かれる。そのロマンチックな世界に横たわる、理不尽な、しかし如何ともしがたい現実。言われのない差別に晒される黒人たちの、終わりのない悲しみと苦しみ。そんな世界にあっても、汚されることのない魂と、揺るぎのない愛を持ち続けるふたりの姿は、心に深い余韻を残す。
 
「歴史は過去ではない、現在だ。我々は歴史と共にある、我々が歴史なのだ。この事実を無視するのは犯罪と同じだ。」——ジェームズ・ボールドウィン