銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】魂のゆくえ

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-23
『魂のゆくえ』(2017年 アメリカ)
 

うんちく

タクシードライバー』『レイジング・ブル』などの傑作を手がけた脚本家、そして『アメリカン・ジゴロ』などの監督として知られる名匠ポール・シュレイダーが放つ人間ドラマ。戦争で失った息子への罪悪感を背負って暮らす牧師が、自分の所属する教会が社会的な問題を抱えていることに気づき、徐々に諦念と怒りで満ちていく様子を衝撃的に描く。『6才のボクが、大人になるまで。』などのイーサン・ホーク、『レ・ミゼラブル』などのアマンダ・セイフライドらが出演。配給は気鋭の映画スタジオA24。オスカーの前哨戦として知られるゴッサム賞では作品賞、脚本賞、男優賞の最多3部門でノミネートされ、脚本賞と男優賞を受賞。アカデミー賞では、ポール・シュレイダーが自身初となる脚本賞にノミネートされたほか、世界各国で64の映画賞を獲得した。
 

あらすじ

ニューヨーク州北部にある小さな教会「ファースト・リフォームド」のトラー牧師は、ミサにやってきた信徒の女性メアリーから、環境活動家である夫マイケルの悩みを聞いてほしいと相談を受ける。マイケルは地球の行く末を悲観するあまり、妊娠しているメアリーの出産を反対していたのだ。出産を受け入れるようマイケルの説得を試みるトラーだったが、そんななか、教会が環境汚染の元凶である大企業から間接的に巨額の献金を受けている事実を知り…。
 

かんそう

『いまを生きる』『リアリティ・バイツ』でイーサン・ホークに恋した女性は多いだろう。それはそれは美青年だったのであるが、いい味出してる個性派のオジサン俳優になったし、最近では多才振りを発揮してアーティストの印象も強い。彼がメガホンを取り、伝説的なピアニストでピアノ教師のシーモアバーンスタインの人生を追った『シーモアさんと、大人のための人生入門』は素晴らしいドキュメンタリーだった。そんなイーサンのベスト・アクトと言っても過言ではない本作、かなりの問題作である。『タクシードライバー』の脚本で知られるポール・シュレイダーが50年間苦悩し、自らの生い立ちにまつわる内なる葛藤を赤裸々に吐露しているのだ。それが爆発したと思われる衝撃のラストシーン「マジカル・ミステリー・ツアー」は観る者を茫然とさせ、完全に置き去りにしてしまう。『タクシードライバー』でベトナム戦争帰還兵トラヴィスが辿る末路といい、極めて厳格なカルヴァン主義の家庭に生まれ育った彼の目には、この世界が地獄のように見えているのかもしれない。つまりこの作品を観るにあたっては、カルヴァン主義について知っておく必要があるようだ。フランスの神学者カルヴァンによると、神の救済に預かる者と滅びる者はあらかじめ決められており(予定説)、すべての人間が罪によって全的に堕落している(全的堕落)とする。極めて割り切った思想を持つこの宗派はキリスト教において少数派であり、異端と見なされることも多い。この教えを背景に持ち、イラク戦争で失った息子への罪悪感を背負うトラー牧師は、環境破壊に絡む利権、宗教と政治の癒着など現代社会が孕むさまざまな問題に直面するうちに信仰心が揺らぎ、矛盾だらけの世界に絶望し、その歪みに落ちていくのである。衝撃的ながら静謐な語り口で描かれる、アメリカの深い闇。いやこれポール・シュレイダーの集大成で壮絶な作品なんだけど、日本人には理解し難く、受け入れ難いこと、この上ない・・・。