映画日誌’21-02:聖なる犯罪者
introduction:
世界中の映画祭で上映され数多くの賞を獲得し、第92回アカデミー賞の国際長編映画賞にノミネートされたポーランド発の人間ドラマ。実話をもとに、過去を偽り聖職者に成り済ました青年の運命に迫る。監督は『リベリオン ワルシャワ大攻防戦』やNetflixで配信中の『ヘイター』などのヤン・コマサ。ポーランドの若手俳優バルトシュ・ビィエレニアが主人公を演じ、『夜明けの祈り』などのエリーザ・リチェムブルらが共演。(2019年 ポーランド,フランス)
story:
少年院で出会った神父の影響でキリスト教徒となった20歳の青年ダニエルは、前科者は聖職者になれないと知りながら神父になることを夢見ていた。仮釈放となったダニエルは、就職することになった田舎の製材所に向かう道中、たまたま立ち寄った教会で新人の司祭と勘違いされてしまい、留守にする司祭の代理を任されることになる。村人たちは聖職者らしからぬ言動をする彼に困惑するものの、徐々に信頼するようになっていく。数年前にこの村で起きた凄惨な事故があったことを知ったダニエルは、深い傷を負った村人たちの心を癒そうと模索するが...
review:
ヤン・コマサ監督のインタビューによると本作は、9年ほど前にポーランドで神父になりすましたパトリックという19歳の青年をモデルにしているそうだ。彼はいくつもの村で神父になりすまし逮捕起訴されるが、騙されたはずの村人たちが裁判で「良い人なので許してやってほしい」と証言し、無罪放免になったとか。ポーランドを始めヨーロッパでは、「なりすまし神父」事件が珍しくないらしい。歴史的にもカトリック教会が絶大な影響力を持つポーランドで、司祭服を着ている人に身分の証明を求める行為は心理的に憚られるだろう。人はいとも簡単に、肩書きや服装に象徴される「権威」に服従してしまう。
少年院でキリスト者となったダニエルは、聖職に就くことを切望しているが、前科がある限り叶わない。ちなみにここで言う聖職とは、カトリックの司祭(神父)のことだ。色んなレビューを読むとプロテスタントの牧師と混同している人がチラホラいるのだが、両者は教会の制度も性質も全く異なる。宗派によると思うがプロテスタントの場合、前科があっても牧師になることは可能だ。また、プロテスタントの牧師は結婚できるが、カトリックの司祭は純潔を守ることが義務であり、妻帯できない。
なので「聖職に就きたい」と言いながら酒をあおり、薬で瞳孔が開き、肉欲に溺れるダニエルの行動は矛盾だらけなのだ。本来の性質は暴力的で不道徳、司祭(ニセ)としても型破りだが紛れもない信仰心を持ち、行動を起こすことで自らを善良だと思い込んでいる村人たちの罪を示唆し、自分の身が破滅することも顧みず最後まで人々の心に寄り添い続けようとするダニエル。彼の姿を通してカトリックを風刺し、加害者と被害者の立場を曖昧にしながら、傷ついた人々の再生を映し出していく。
実に挑発的な作品である。ぐっと引き込まれ、最後まで惹きつけられて面白かったが、何がどう良かったのかうまく説明できないでいる。目の当たりにしたものを、なかなか咀嚼することができない。善と悪、真と偽、聖と俗を行き来し、人間像がまるで掴めないダニエルの危うさ。澄んだ瞳に狂気と信仰が入り混じる眼差しが、心をかき乱す。ダニエルを演じたバルトシュ・ビィエレニアの不穏な佇まいが、何とも不安な気持ちにさせる。善悪の概念を超えたラストシーンは、神の啓示のようでもある。罪とは、赦しとは。考え続けなくてはいけなくなった。