銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書

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 劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-25

 

うんちく

巨匠スティーブン・スピルバーグ監督が描く社会派ドラマ。不都合な真実をひた隠す政府との闘いに命懸けで挑んだジャーナリストたちの姿を描く。ワシントン・ポストのトップでアメリカ主要新聞社史上初の女性発行人キャサリン・グラハムの自伝「グラハムの回顧録「Personal History(邦題:「わが人生」)」から着想を得て書かれたリズ・ハンナの脚本をもとに、『スポットライト 世紀のスクープ』で第88回アカデミー賞脚本賞を受賞したジョシュ・シンガーの製作総指揮によって映画化が実現した。アカデミー賞を3度受賞し、史上最多となる20回のノミネーションを獲得している大女優メリル・ストリープと、アカデミー賞主演男優賞を2年連続で受賞した2人の俳優の1人トム・ハンクスが共演。第90回アカデミー賞で作品賞と主演女優賞にノミネートされた。
 

あらすじ

リチャード・ニクソン大統領政権下の1971年、ベトナム戦争が泥沼化し、アメリカ国内では反戦の気運が高まっていた。そんななか、国防総省が作成したベトナム戦争を調査・分析した機密文書“ペンタゴン・ペーパーズ”が流出し、ニューヨーク・タイムズがその存在をスクープする。ライバル紙であるワシントン・ポストの社主でアメリカ主要新聞社史上初の女性発行人キャサリン・グラハムと編集主幹ベン・ブラッドリーは残りの文書を独自に入手し、全貌を公表しようと奔走するが、ニクソン政権は両紙その他の新聞を告訴して記事の差し止めを要求。キャサリンとブラッドリーは、政府を敵に回すことになっても真実を伝えるべきなのか、社運と記者生命、報道の自由を懸けた決断を迫られ…
 

かんそう

まどろみつつ映画館に向かった午後。つかず離れずの距離で睡魔が隣にいるのを感じつつ、物語が佳境に・・・!というところで気絶してしまい、はっと目が覚めしたらメリル・ストリープが決断してた。なので実は、どういう経緯で決断したのか分からないのであるが(オイ)、しかし、しかしだよ。さすがスピルバーグ先生である。クライマックスで泣かされた(えっ)。まぁ言わせていただくと、強く引き込まれる作品はどんなに眠くてもアドレナリンが放出されて眠気が吹っ飛ぶものなので、ある意味では凡庸だったのだろうと。泣かせどころの演出もシーンに合わせて流れる音楽も既視感たっぷりのスピルバーグ節だったしね。などと思うクオリティなのも当然なことには、昨年トランプが大統領に就任した直後、スピルバーグ監督が次作の撮影スケジュールを急遽変更してまで早期の製作と公開にこだわったそうだ。しかし観るべき作品である。”ペンタゴン・ペーパーズ”によると、歴代大統領はベトナム戦争におけるアメリカの軍事行動について何度も国民に虚偽の報告をし、政府が平和的解決を追求していると発表する裏で、軍とCIAは極秘に軍事行動を拡大していた。圧力に屈せずその欺瞞を暴いた報道者たちの闘いを、我々は目撃するべきだろう。アメリカは1975年にベトナム戦争から撤退したが、最終的に58,220人のアメリカ兵が死亡し、100万人以上の命が犠牲となったそうだ。このレビューをまとめている間に、米英仏によるシリア・アサド政権軍への攻撃が始まった。繰り返される暴力は、哀しみの連鎖を生む。1日も早い、本当の”平和的解決”を望む。
 

【映画】ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男

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劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-24
 

うんちく

チャーチル没後に公開された戦時内閣の閣議記録によって明らかとなった実話を基に、チャーチルの首相就任からダンケルクの戦いまでの27日間を描いた歴史ドラマ。『プライドと偏見』『つぐない』のジョー・ライトが監督を務め、『博士と彼女のセオリー』のアンソニー・マクカーテンが脚本を担当。名優ゲイリー・オールドマンチャーチルを演じたほか、『イングリッシュ・ペイシェント』のクリスティン・スコット・トーマス、『シンデレラ』『ベイビー・ドライバー』のリリー・ジェームズ、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』のベン・メンデルソーンらが出演。アカデミー賞に2度ノミネートされながらも、2012年に現代美術家に転向していた辻一弘が、ゲイリー・オールドマン直々のオファーにより数年ぶりに特殊メーキャップアーティストとして参加。第90回アカデミー賞で主演男優賞とメイクアップ&ヘアスタイリング賞に輝いた。
 

あらすじ

1940年5月、第二次世界大戦初期。ヒトラー率いるナチス・ドイツの勢力が拡大し、フランスは陥落間近、イギリスにも侵略の脅威が迫っていた。連合軍がダンケルクの海岸で窮地に追い込まれるなか、内閣不信任決議が出されたチェンバレン首相の後任として、新たに就任したばかりの英国首相ウィンストン・チャーチルにヨーロッパの運命が委ねられた。国民からの人気は高いが、たび重なる失策から“政界一の嫌われ者”であったウィンストン・チャーチルは、ヒトラーとの和平交渉をすすめる政敵たちに追い詰められながらも、「決して屈しない」と徹底抗戦を誓う。ヨーロッパのみならず世界の命運を握ることになったチャーチルは、「ダイナモ作戦」を決断するが…
 

かんそう

原題の「DARKEST HOUR」はイギリスの諺「夜明け前が最も暗い(The darkest hour is just before the dawn)」からであろう。舞台はナチス・ドイツの台頭がヨーロッパに暗い影を落としていた第二次世界大戦初期、クリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』の裏側とも言える物語だ。「チャーチルの”勝利”は大英帝国の崩壊と米ソの世界支配をもたらした」と言われながらも「世界のCEOが選ぶ、最も尊敬するリーダー」に、スティーブ・ジョブズガンジーを抑えて選ばれた伝説の政治家チャーチルの27日間を濃密に描く。兎にも角にもゲイリー・オールドマンが素晴らしかった。姿形、声、話し方に加え、まとう空気までもチャーチルになりきった彼を、”チャーチル”に仕上げた辻一弘の仕事も見事である。チャーチルの愛すべき人間性が秘書の存在を介して描かれるのだが、気が短く怒鳴り散らしているかと思えば、愛妻クレメンティーンの前ではまるで子供のよう。言葉の魔術師と呼ばれ、朝から晩まで酒を飲み、常に葉巻を噛み、猫背で早歩き。悪に屈しない姿勢を貫き、民衆の声に耳を傾け、言葉の力で人々に勇気と希望を与え、奮い立たせ、苦境にあったイギリスを勝利に導いたリーダーシップ。そんなチャーチルの魅力をあますところなく描き、示唆に富んだ印象的なショットが続く映像も素晴らしい記憶に残る秀作。
 
なお、積ん読に囲まれながらチャーチルについて調べていたところ、文筆家で読書家だったチャーチルが遺した言葉を見つけて、とても耳が痛いのであった...。
「本を全部読むことができぬなら、どこでもいいから目にとまったところだけでも読め。また本は本棚に戻し、どこに入れたか覚えておけ。本の内容を知らずとも、その場所だけは覚えておくよう心掛けろ」
 

【映画】BPM ビート・パー・ミニット

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劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-23
BPM ビート・パー・ミニット』(2017年 フランス)
 

うんちく

パリ20区、僕たちのクラス』の脚本家ロバン・カンピヨが監督を務め、1990年代初頭のパリを舞台にHIV/エイズ感染者への差別や不当な扱いに抗議する活動家たちの姿を追ったヒューマンドラマ。当時実際に「ACT UP-Peris」のメンバーとして活動に身を投じたカンピヨ監督の実体験に基づき、脚本家のフィリップ・マンジョとともにストーリーを構築した。ほぼ9ヶ月を掛けたオーディションを経て選ばれた『グランド・セントラル』のナウエル・ペレース・ビスカヤート、『ブルーム・オブ・イエスタディ』のアデル・エネルらが出演。第70回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞している。
 

あらすじ

1990年代初頭のパリ。HIV/エイズが発見されてからほぼ10年が経っていたが、エイズの治療はまだ発展途上で誤った知識や無知による偏見や差別が横行し、政府や製薬会社も見て見ぬ振りを続け、感染者たちは不当な扱いを受けていた。活動団体「Act Up-Paris」のメンバーはHIV/エイズ感染者の権利を守るためさまざまな抗議活動を行っているが、仲間たちが次々と命を落としていく事態に業を煮やした彼らは、より過激な手段を選ぶようになっていく。そんななか、グループの中心的な存在であるショーンは、HIV陰性ながら新たにメンバーに加わったナタンと恋に落ちる。しかしHIV感染者であるショーンに、エイズの症状が表れはじめ……
 

かんそう

1980年代、世界で最初のエイズ患者が見つかると、「死の病」として人類を恐怖に陥れた。いたずらに恐怖を煽るメディアが誤った情報を流布し、各国でエイズパニックが起きた。日本では「薬害エイズ事件」が起き、血液凝固因子製剤の使用によってHIVに感染した血友病患者たちが製薬会社の闇と闘っていた。それと時を同じくして、ニューヨークで立ち上がったエイズ活動家団体「ACT UP」の活動をパリで展開した若者たちの姿だ。長くて重い、ドキュメンタリーを観ているようだった。何もかもが生々しく、リアルに描かれる。無知による差別と偏見、無関心という暴力、出口のない議論、抗い、闘い、踊り、生きること、愛を交わすこと、死ぬこと、それらを受け入れること。生き急がざるを得ないショーンと、彼に寄り添い続けたナタンが駆け抜けた時間から、美しい瞬間を切り取って見せつけるカンピヨ監督の仕事が素晴らしい。原題の「120 battements par minute(120拍/1分)」は心拍数。同じテンポのハウスミュージックのビートで「君に生きてほしい」という強いメッセージが語られる。少し冗長気味に感じる序盤の退屈がいつしか静かな感動となり、彼らがエモーショナルにむきだしの「限りある生」を全うしようとするエネルギーが大きなうねりとなって胸に押し寄せてきて泣けた。「沈黙は死」であることを告げる無音のエンドロールが更なる余韻を残す。良作。
 

【映画】ハッピーエンド

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劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-22
『ハッピーエンド』(2017年 フランス,ドイツ,オーストリア)

うんちく

白いリボン』『愛、アムール』で二度にわたってカンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールに輝き、『愛、アムール』ではアカデミー賞外国語映画賞を受賞した名匠ミヒャエル・ハネケの監督作品。老境の夫婦の愛と死を描いた『愛、アムール』の続きとも取れる、あるブルジョア一家にまつわる物語が紡がれる。前作に続き、名優ジャン=ルイ・トランティニャンとハネケ作品常連のイザベル・ユペールが父と娘を演じる。『アメリ』『ミュンヘン』などのマチュー・カソヴィッツ、『裏切りのサーカス』、『アトミック・ブロンド』などのトビー・ジョーンズら、ヨーロッパを代表する実力派俳優が共演。第70回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された。
 

あらすじ

フランス北部の町カレーで、瀟洒な邸宅に暮らしているブルジョワジーのロラン一家。建築会社を経営しているが、家長のジョルジュは高齢ですでに引退している。娘アンヌが家業を継ぎ辣腕を振るい、息子ピエールが専務を務めるも、彼はビジネスマンに徹しきれない。アンヌの弟トマは家業を継がず医者となり、再婚した若い妻アナイスと幼い息子ポールがいる。そして屋敷には、住み込みで一家に仕えるモロッコ人家族が暮らしている。そんなある日、トマと前妻のあいだに生まれた娘エヴが、屋敷に引き取られることになり...
 

かんそう

前作『愛、アムール』の続編のようでいて、全く異質なこの物語について「この家族の、いま世界で起きていることに対する無関心。彼らは自分たちの小さな問題にばかり捕われていて、社会の現実が見えていない。それを表現したかったのです。」とハネケ監督が語っている。目の前にいる人と心を交わすことはしないのに、遠くにいる誰かには本心をぶちまける。一つ屋根の下に暮らしていてもお互いの本質的なことには無関心で、人々はその孤独を埋めるように、死の影やSNSの闇に飲み込まれていく。人とのダイレクトなコンタクトを失った自閉的な社会を、定点カメラやスマートフォンの画面を通して他人事のように描く。そして終始、切り取られたような、曖昧な描写が繰り返される。私たちはその前後の物語を想像するしかない。観るものが能動的にならざるを得ないという点で、非常に挑発的な作品だ。「“不快”な映画を作るときだ」とハネケ本人が宣言している通りだろう。ただ、人間の愚かさや醜さを克明に描いていても、やはり、ハネケの映画は絶望的に美しいのだ。淡々とした語り口でありながら、エモーショナルで激しく心を揺さぶられる。万人におすすめするような作品ではないが、ハネケらしい秀作であったと思う。
 

【映画】ラッキー

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劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-21
『ラッキー』(2017年 アメリカ)

うんちく

アルフレッド・ヒッチコック監督の『間違えられた男』でデビュー、ヴィム・ヴェンダース監督『パリ、テキサス』で主人公トラヴィスを演じたハリー・ディーン・スタントン自身になぞらえて描かれた人間ドラマ。90歳の少々偏屈な現実主義の”ラッキー”が、人生の終わりについて思いを巡らせる姿を映し出す。コーエン兄弟の『ファーゴ』やフィンチャーの『ゾディアック』、イーストウッドの『グラン・トリノ』などで活躍してきた名脇役ジョン・キャロル・リンチの初監督作品。ハリーの友人である映画監督のデヴィッド・リンチが主人公の友人役で出演している。ハリー・ディーン・スタントンは2017年9月に91歳で逝去し、これが最後の主演作品となった。

あらすじ

神など信じずに生きてきた90歳のラッキー。ひとりで暮らす部屋で目を覚まし、コーヒーを飲んでタバコをふかす。ヨガを5ポーズ、21回こなしたあと、テンガロンハットをかぶり、行きつけのダイナーに向かう。店主のジョーと冗談を交わし、ウェイストレスのロレッタが注いでくれたコーヒーを飲みながら新聞のクロスワードパズルを解く。帰り道、とある場所で決まって「クソ女め」とつぶやくことも忘れない。そして馴染みのバーでブラッディメアリーを飲みながら常連客と会話する。そんな毎日を繰り返していたある朝、突然気を失い倒れてしまう。人生の終わりが近づいていることを思い知らされたラッキーは、初めて「死」と向き合うが...

かんそう

素晴らしい映画に出会ってしまった。ハリー・ディーン・スタントンがトラヴィス・ヘンダーソン役を演じた1984年の『パリ、テキサス』にオマージュを捧げつつ、ハリーに当て書きをした脚本で本人の体験に基づくエピソードが描かれる。ハリーの盟友デビッド・リンチ監督の存在も作品に奥行きを出している。90歳になるハリーの顔に深く刻まれた皺、静かな眼差し、呼吸。それを眺めているだけで、彼がどんな人生を送ってきたのか、どんな世界を見つめてきたのか、わかるような気がするのだ。偏屈で口が悪いのに、街の住人たちが彼を親身に愛していることが伝わってくる。子どもの頃に怖かった暗闇、去っていったペットの100歳の亀、戦禍の中で微笑んだ日本人少女。積み重ねられる会話、シーンのひとつひとつが味わい深く、何一つ見逃さないように見入ってしまった。死とはなにか、人生とはなにか、という哲学的な禅問答は、やがて「空(くう)」「無」そして「微笑み」の境地へと辿り着く。実際、ハリー本人も「ゼン・カウボーイ」と形容され、仏教的な価値観を支持する人物としても知られたそうだ。拈華微笑。そんな禅の言葉を思い出すような、ハリーの穏やかな微笑みに心を洗われた。

【映画】しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス

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劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-20
『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』(2016年 カナダ,アイルランド)
 

うんちく

鮮やかな色彩でカナダの美しい風景と動物たちを描き続け、カナダで最も愛されている女性画家モード・ルイスと彼女を支えた夫エヴェレットの半生を、『ブルージャスミン』『シェイプ・オブ・ウォーター』のサリー・ホーキンスと『リアリティ・バイツ』『シーモアさんと、大人のための人生入門』のイーサン・ホークの共演で描く。監督はドラマ「荊の城」を手がけたアシュリング・ウォルシュベルリン国際映画祭をはじめ世界の名だたる映画祭で上映され、観客賞ほか多くの賞を受賞した。

 

あらすじ

カナダ東部のノバスコシア州。小さな田舎町で叔母と暮らすモードは、魚の行商を営むエヴェレットが貼り出した家政婦募集の広告に興味を持つ。叔母の干渉から逃れるため、住み込みの家政婦になろうと決意したモードは、町外れの彼の家に押しかける。子供の頃から重いリウマチを患い、両親が他界した後は一族から厄介者扱いされてきたモードと、孤児院育ちで学もなく、生きるのに精一杯だったエヴェレット。はみだし者同士の共同生活はトラブル続きだったが、やがて2人は互いを認め合うようになっていく。そんなある時、エヴェレットの顧客であるサンドラが家を訪れ、モードが壁に描いたニワトリを見てモードの才能に気付く。彼女に絵の創作を依頼されたモードは、夢中で絵を描き始める。やがてモードの絵は評判を呼び、メディアに取り上げられ、ついにはアメリカのニクソン大統領から依頼が来るまでとなるが...
 

かんそう

完全にイーサン・ホーク目当てで観に行ったので、誰より心優しいのに、偏屈で素直に愛情を表現できない不器用なイーサン・ホークを堪能できて満足。あー私も電気も水道もなくていいから、わずか4メートル四方の小さな家でイーサン・ホークと慎ましく暮らしたい。と、アホな妄想を駆り立てられつつ、モードが描き出す色鮮やかで素朴な世界に心を奪われた。1964年にカナダの週刊誌「Star Weekly」で紹介されるとモードの名はカナダ中に知れ渡り、1965年にはカナダ国営放送CBCのドキュメンタリー番組「Telescope」で取り上げられ、アメリカのニクソン大統領からも絵の依頼がありホワイトハウスに彼女の絵が2枚飾られていたそうだ。私はかつて油彩を学んでいたので「描かずにはおれない衝動」というのが才能の源泉なのだいうことを身を以て知っており(私には無かったようだ)、モードを演じたサリー・ホーキンスが不自由な身体から溢れ出すその衝動を体現しているのが素晴らしかった。イーサン・ホーク演じる武骨で粗野なエヴェレットが少しずつ心を開き、二人の距離が少しずつ近付いていく様子が、寡黙に、しかし見事な演出によってつぶさに描かれている。鈍色だったエヴェレットの世界が、モードに手によって鮮やかに色付いていくように、2人の間に生まれるひとつひとつの物語が微笑ましく愛おしい。すべてが美しく、心に灯りが点るような、温かい優しさに充ちた秀作。
 

【映画】15時17分、パリ行き

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劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-19
『15時17分、パリ行き』(2017年 アメリカ)
 

うんちく

アメリカン・スナイパー』『グラン・トリノ』の巨匠クリント・イーストウッドが、2015年8月にパリ行きの高速鉄道で起きた無差別テロ襲撃事件「タリス銃乱射事件」を映画化。現場に居合わせ、武装した犯人に立ち向かった3人の勇敢なアメリカ人青年たちの半生を描く。事件の当事者であるアンソニー・サドラー、アレク・スカラトス、スペンサー・ストーンを主演に起用し、さらに実際に列車に居合わせた一般人が大勢出演するという極めて大胆なキャスティングで製作された。撮影も実際に事件が起きた場所で行われた。撮影は30年以上にわたってイーストウッドとチームを組んできたトム・スターン。
 

あらすじ

2015年8月21日、乗客554名を乗せたアムステルダム発パリ行きの高速鉄道タリス車内で、トイレに入ろうとしたフランス人の乗客が異変に気付く。トイレから出てきた武装したイスラム過激派の男が自動小銃を発砲。乗務員は一目散に現場から逃げ出し、乗客たちがパニックに陥るなか、旅行中で偶然列車に乗り合わせていたアメリカ空軍兵のスペンサー・ストーンとオレゴン州兵アレク・スカラトス、そして2人の友人である大学生のアンソニー・サドラーは犯人に立ち向かうが...
 

かんそう

ミリオンダラー・ベイビー』『グラン・トリノ』『アメリカン・スナイパー』と、クリント・イーストウッドに与えられた衝撃は数知れないが、今回もまた、強烈な映画体験をした。この物語の主人公である、米空軍兵スペンサー・ストーン、オレゴン州兵のアレク・スカラトス、大学生アンソニー・サドラーの3人をそれぞれ本人が演じているというのだ。それどころか、当時居合わせた人々のほとんどが本人役で出演している。究極のリアリティーを追求した前代未聞、前人未到の挑戦に、我々も立ち会う。驚くべきことは、それが成り立っていたことだ。少なくとも(私がネイティブではないからかもしれないが)3人の演技に違和感がなかった。そして、クリント・イーストウッドの、人間を見つめる眼差し。そのフィルターを通して、彼らがどこにでもいる普通の若者たちだったことが描かれる。サバゲーオタクのいじめられっ子3人組は学校でも問題児扱い。人命を助けたい一心で入隊した空軍でも、早々に落ちこぼれる。彼らの過去を美化することなく、アメリカを英雄扱いせず、ナチスの史跡をめぐるツアーではガイドに「全てがアメリカの手柄ではない」と言わしめる。世界中が無差別テロの危機と隣り合わせているいま、誰の日常にでも起こり得ること、そして誰にでも出来ることがあると黙示する。賛否が分かれているようだが、私はイーストウッドらしい優れた作品だと感じた。幼い頃からスペンサーを導いてきた、アッシジの聖フランチェスコの「平和の祈り」が実に印象深い。 ——神よ、わたしをあなたの平和の道具にしてください。憎しみがあるところに愛を、 争いがあるところに赦しを、 分裂があるところに一致を、 疑いのあるところに信仰を、 誤りがあるところに真理を、 絶望があるところに希望を、 闇あるところに光を、 悲しみあるところに喜びを。