銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス

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劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-20
『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』(2016年 カナダ,アイルランド)
 

うんちく

鮮やかな色彩でカナダの美しい風景と動物たちを描き続け、カナダで最も愛されている女性画家モード・ルイスと彼女を支えた夫エヴェレットの半生を、『ブルージャスミン』『シェイプ・オブ・ウォーター』のサリー・ホーキンスと『リアリティ・バイツ』『シーモアさんと、大人のための人生入門』のイーサン・ホークの共演で描く。監督はドラマ「荊の城」を手がけたアシュリング・ウォルシュベルリン国際映画祭をはじめ世界の名だたる映画祭で上映され、観客賞ほか多くの賞を受賞した。

 

あらすじ

カナダ東部のノバスコシア州。小さな田舎町で叔母と暮らすモードは、魚の行商を営むエヴェレットが貼り出した家政婦募集の広告に興味を持つ。叔母の干渉から逃れるため、住み込みの家政婦になろうと決意したモードは、町外れの彼の家に押しかける。子供の頃から重いリウマチを患い、両親が他界した後は一族から厄介者扱いされてきたモードと、孤児院育ちで学もなく、生きるのに精一杯だったエヴェレット。はみだし者同士の共同生活はトラブル続きだったが、やがて2人は互いを認め合うようになっていく。そんなある時、エヴェレットの顧客であるサンドラが家を訪れ、モードが壁に描いたニワトリを見てモードの才能に気付く。彼女に絵の創作を依頼されたモードは、夢中で絵を描き始める。やがてモードの絵は評判を呼び、メディアに取り上げられ、ついにはアメリカのニクソン大統領から依頼が来るまでとなるが...
 

かんそう

完全にイーサン・ホーク目当てで観に行ったので、誰より心優しいのに、偏屈で素直に愛情を表現できない不器用なイーサン・ホークを堪能できて満足。あー私も電気も水道もなくていいから、わずか4メートル四方の小さな家でイーサン・ホークと慎ましく暮らしたい。と、アホな妄想を駆り立てられつつ、モードが描き出す色鮮やかで素朴な世界に心を奪われた。1964年にカナダの週刊誌「Star Weekly」で紹介されるとモードの名はカナダ中に知れ渡り、1965年にはカナダ国営放送CBCのドキュメンタリー番組「Telescope」で取り上げられ、アメリカのニクソン大統領からも絵の依頼がありホワイトハウスに彼女の絵が2枚飾られていたそうだ。私はかつて油彩を学んでいたので「描かずにはおれない衝動」というのが才能の源泉なのだいうことを身を以て知っており(私には無かったようだ)、モードを演じたサリー・ホーキンスが不自由な身体から溢れ出すその衝動を体現しているのが素晴らしかった。イーサン・ホーク演じる武骨で粗野なエヴェレットが少しずつ心を開き、二人の距離が少しずつ近付いていく様子が、寡黙に、しかし見事な演出によってつぶさに描かれている。鈍色だったエヴェレットの世界が、モードに手によって鮮やかに色付いていくように、2人の間に生まれるひとつひとつの物語が微笑ましく愛おしい。すべてが美しく、心に灯りが点るような、温かい優しさに充ちた秀作。
 

【映画】15時17分、パリ行き

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劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-19
『15時17分、パリ行き』(2017年 アメリカ)
 

うんちく

アメリカン・スナイパー』『グラン・トリノ』の巨匠クリント・イーストウッドが、2015年8月にパリ行きの高速鉄道で起きた無差別テロ襲撃事件「タリス銃乱射事件」を映画化。現場に居合わせ、武装した犯人に立ち向かった3人の勇敢なアメリカ人青年たちの半生を描く。事件の当事者であるアンソニー・サドラー、アレク・スカラトス、スペンサー・ストーンを主演に起用し、さらに実際に列車に居合わせた一般人が大勢出演するという極めて大胆なキャスティングで製作された。撮影も実際に事件が起きた場所で行われた。撮影は30年以上にわたってイーストウッドとチームを組んできたトム・スターン。
 

あらすじ

2015年8月21日、乗客554名を乗せたアムステルダム発パリ行きの高速鉄道タリス車内で、トイレに入ろうとしたフランス人の乗客が異変に気付く。トイレから出てきた武装したイスラム過激派の男が自動小銃を発砲。乗務員は一目散に現場から逃げ出し、乗客たちがパニックに陥るなか、旅行中で偶然列車に乗り合わせていたアメリカ空軍兵のスペンサー・ストーンとオレゴン州兵アレク・スカラトス、そして2人の友人である大学生のアンソニー・サドラーは犯人に立ち向かうが...
 

かんそう

ミリオンダラー・ベイビー』『グラン・トリノ』『アメリカン・スナイパー』と、クリント・イーストウッドに与えられた衝撃は数知れないが、今回もまた、強烈な映画体験をした。この物語の主人公である、米空軍兵スペンサー・ストーン、オレゴン州兵のアレク・スカラトス、大学生アンソニー・サドラーの3人をそれぞれ本人が演じているというのだ。それどころか、当時居合わせた人々のほとんどが本人役で出演している。究極のリアリティーを追求した前代未聞、前人未到の挑戦に、我々も立ち会う。驚くべきことは、それが成り立っていたことだ。少なくとも(私がネイティブではないからかもしれないが)3人の演技に違和感がなかった。そして、クリント・イーストウッドの、人間を見つめる眼差し。そのフィルターを通して、彼らがどこにでもいる普通の若者たちだったことが描かれる。サバゲーオタクのいじめられっ子3人組は学校でも問題児扱い。人命を助けたい一心で入隊した空軍でも、早々に落ちこぼれる。彼らの過去を美化することなく、アメリカを英雄扱いせず、ナチスの史跡をめぐるツアーではガイドに「全てがアメリカの手柄ではない」と言わしめる。世界中が無差別テロの危機と隣り合わせているいま、誰の日常にでも起こり得ること、そして誰にでも出来ることがあると黙示する。賛否が分かれているようだが、私はイーストウッドらしい優れた作品だと感じた。幼い頃からスペンサーを導いてきた、アッシジの聖フランチェスコの「平和の祈り」が実に印象深い。 ——神よ、わたしをあなたの平和の道具にしてください。憎しみがあるところに愛を、 争いがあるところに赦しを、 分裂があるところに一致を、 疑いのあるところに信仰を、 誤りがあるところに真理を、 絶望があるところに希望を、 闇あるところに光を、 悲しみあるところに喜びを。
 

【映画】シェイプ・オブ・ウォーター

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劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-18
シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年 アメリカ)

うんちく

パンズ・ラビリンス』の名匠ギレルモ・デル・トロ監督が、1960年代の冷戦下を舞台に種族を超えた愛を描いたファンタジー。『ブルージャスミン』でアカデミー賞にノミネートされたサリー・ホーキンスが主演を務め、『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』などのオクタヴィア・スペンサー、『扉をたたく人』のリチャード・ジェンキンス、『ドリーム ホーム 99%を操る男たち』などのマイケル・シャノンらが共演。デル・トロ作品常連のダグ・ジョーンズが”不思議な生き物”を演じ、魅力的かつ官能的なキャラクターを生み出した。『グランド・ブダペスト・ホテル』でオスカーを獲得したアレクサンドル・デスプラが音楽を手掛ける。ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞、ゴールデン・グローブで監督賞と音楽賞を受賞、第90回アカデミー賞においては作品賞、監督賞、作曲賞、美術賞に輝いた。

あらすじ

1962年、米ソ冷戦下のアメリカ。政府の極秘研究所で清掃員として働くイライザは、同僚のゼルダとともに秘かに運び込まれた不思議な生き物を目撃する。アマゾンの奥地で神のように崇拝されていたという”彼”の、どこか魅力的な姿に心奪われてしまったイライザは、周囲の目を盗んで会いに行くように。子供の頃のトラウマで声が出せないイライザだったが、”彼”とのコミュニケーションに言葉は必要なく、音楽や手話、お互いの眼差しで心を通わせていく。そんな矢先、イライザは“彼”が間もなく国家の威信をかけた実験の犠牲になることを知り...

かんそう

ギレルモ・デル・トロが好きだ。いまでも『パンズ・ラビリンス』のことを愛しく思い出す。それと同じくらい、この物語のことを好きになった。そして、私がこの作品を観てからこれを書くまでのあいだに、アカデミー賞で作品賞ほか4部門を総なめにしてしまったのである。緻密な計算のもとに構築され、細部にまでデル・トロの美学が貫かれた美しいアナザーワールドで、夢の中を泳いでいるような恍惚感を味わう。いつまでも、この夜の水面でたゆたっていたいと思うほどに。当然、監督賞はデル・トロで文句無しだが、しかし実際のところ作品賞は『スリービルボード』のほうが良かったなぁなどと、複雑な気持ちで作品のことを思い返している。しかし、確かに、この至上の愛の物語は、例えようもなく素晴らしかった。でもやっぱり作品賞は『スリービルボード』だと思う(しつこい)。
さて、いわゆる半魚人と恋に落ちる女性の物語である。種族を超えた愛をデル・トロがどう描くのかとても気になっていたのだが、女性が”彼”をデザインしたとのことで得も言われぬ色気があり、2人が交わす愛も実に官能的で美しい。サリー・ホーキンスは言わずもがな、マイケル・シャノンら脇を固める俳優陣の演技が素晴らしかった。2人をとりまく世界の輪郭で紡がれる、それぞれの人々の物語もまた、愛しい。なお、日本公開版で重要なシーンがカットされているという噂が流れたが、それはデマであるとのこと。

 

【映画】The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ

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劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-17
『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』(2017年 アメリカ)

うんちく

第70回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した、ソフィア・コッポラ監督によるスリラー。1971年にもクリント・イーストウッド主演で『白い肌の異常な夜』としてドン・シーゲル監督が映画化したトーマス・カリナンの小説「The Beguiled」をベースに、1人の男にかき乱される女性たちの嫉妬と欲望を赤裸々に描く。ハリウッドを代表するトップ女優ニコール・キッドマン、『マイノリティ・リポート』『ロブスター』のコリン・ファレル、『ヴァージン・スーサイズ』『マリー・アントワネット』のキルスティン・ダンスト、『SOMEWHERE』『パーティで女の子に話しかけるには』のエル・ファニングら、豪華キャストが集結。

あらすじ

1864年、アメリカ南部バージニア州。3年目に突入した南北戦争が暗い影を落とすなか、世間から隔絶された女子寄宿学園に暮らす美しき7人の女性たちがいた。園長のマーサ、教師のエドウィナ、5人の生徒たち。ある日彼女たちは、森の中で負傷した北軍兵士マクバニーを見つけ、手当をし匿うことに。男子禁制の学園に、突如として加わった野性味あふれる男性の存在に戸惑いながらも、ハンサムなマクバニーの紳士的な振るまいに誰もが浮き足立ち、心をときめかせるようになってしまう。彼の虜となった女たちは、次第に嫉妬を露わにして互いを牽制しあうようになり...

かんそう

カロン色の『マリー・アントワネット』で知られる、フランシス・フォード・コッポラの娘たん。『ロスト・イン・トランスレーション』ではアカデミー賞も撮ってるぞ。ちなみに女優としては『ゴッドファーザーPART Ⅲ』でラジー賞の最低助演女優賞と最低新人賞に輝き、『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』では最低助演女優賞にノミネートされる実力の持ち主だ。さて、そんなソフィア嬢の新作は、柔らかな自然光とフリルやレースやリボンを身に纏った淑女たちが、ちょっとワイルドでセクシーな2枚目に惑わされて本能を剥き出しにしちゃうレディコミ風ドラマ。でもその王子役、コリン・ファースじゃなくてもよくない?もっといいのいただろ。1971年にドン・シーゲル監督が撮ったクリント・イーストウッド版『白い肌の異常な夜』に比べると、相当に毒気が抜かれて薄味らしい。確かにこの設定なら、もっとえげつないほどドロドロと生々しい愛憎劇が描けるはずである。つまらないことはないが、どこか物足りない。そう思ったのはコリン・ファレルのせいだけではなさそうだ。あまりにも端正で、表現に奥行きがなく、説得力が足りないのだ。ただ、おそらくソフィア・コッポラはリメイクではなく「ソフィア・コッポラ版"The Beguiled"」を作りたかったのだと思われ、そういう意味ではきっちり目的を完遂している。が、とりあえず近いうちに、より原作に近いと思われる『白い肌の異常な夜』を観てみようと思ったりしたのであった・・・。

 

【映画】ウィスキーと2人の花嫁

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劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-16
『ウィスキーと2人の花嫁』(2016年 イギリス)
 

うんちく

英国人作家コンプトン・マッケンジーが1947年に発表した小説「Whisky Galore」を原作に、第二次世界大戦中に実際に起こった貨物船SSポリティシャン号の座礁事件にまつわる騒動を描いた人間ドラマ。1949年に初映画化されており、少年時代からオリジナル版のリメイクを夢見ていた1人のプロデューサーの熱意により10年の歳月をかけて本作が製作された。メガホンを取ったのは、ベルリン国際映画祭をはじめ世界の国際映画祭で多くの受賞歴を誇る名監督ギリーズ・マッキノン。出演は『ラブ・アクチュアリー』の名優グレゴール・フィッシャー、『ランズエンド -闇の孤島-』のナオミ・バトリック、『17歳の肖像』のエリー・ケンドリック、『ハリー・ポッター』シリーズのショーン・ビガースタッフ、『ダンケルク』のケヴィン・ガスリー。
 

あらすじ

ナチスによるロンドン空爆が激しさを増す第二次世界大戦中のスコットランドのトディー島。戦況の悪化によって、人々にとって”命の水”であるウイスキーの配給が止まり、皆無気力に暮らしていた。島の郵便局長ジョセフの2人の娘はそれぞれ恋人との結婚を望んでいたが、周囲から「ウィスキー無しでは結婚式はできない」と猛反対されてしまう。そんなある日、島の近くでNY行きの貨物船が座礁。沈没寸前の船内に5万ケース、約26万本のウイスキーが積まれていることを知った島民たちは、密かに”神様からの贈り物”を救出しようと試みるが......
 

かんそう

第二次世界大戦中の1941年2月、輸出向けのウイスキーを積んでイギリスのリバプールからアメリカに向けて航行していたSSポリティシャン号が、スコットランドのエリスケイ島の北にある狭い海峡で濃霧のため座礁。沈没寸前の貨物船を目にした島民たちは、船長と乗組員の救助の後、可能なかぎりのウイスキーを船から陸へ持ち出した。やがて、ウイスキーを押収するべく関税消費庁が島へやって来ることが分かった島民たちは、慌てて島の色々なところにウイスキーを隠した。そのため現在でも当時のボトルが発見されることがあるという。という、なんともほっこりするエピドードがこの物語の原点であるが、船内には2千万ポンドに当たるジャマイカポンドが積まれおり、この金額は当時のジャマイカにおける流通額を超えていたという。万が一、ヒトラーが英国に侵攻してきたら王室をジャマイカへ避難させる計画があったらしいのだ。そんな時代背景を透かしつつ、17世紀当時の面影を残す歴史的建造物や島の豊かな自然など、スコットランドの美しい風景を舞台に繰り広げられるユーモラスな人間模様に心が温まる。かわいい娘を手放したくないジョセフ、民間人ながら島を守る英雄気取りのワゲット大尉、なにがあろうと安息日を頑なに守る純朴な島民たち。個性豊かな面々と、美しいスコットランド音楽に彩られ、ウィスキーにまつわる物語が紡がれていく。美味しいウィスキー飲みたい!とただただ強く思った、なんとも幸福な、素敵な映画であった・・・。
 

【映画】ナチュラルウーマン

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劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-15
ナチュラルウーマン』(2017年 チリ,ドイツ,スペイン,アメリカ)
 

うんちく

『グロリアの青春』で注目されたチリの新進気鋭、セバスティアン・レリオ監督による人間ドラマ。最愛の恋人を失い、偏見や差別にさらされながらも誇り高く生きるトランスジェンダーの女性の姿を追う。自身もトランスジェンダーの歌手であるダニエラ・ヴェガが主演を演じた。プロデューサー陣には、『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』『ありがとう、トニ・エルドマン』を手がけた実力派が集結。第90回米アカデミー賞外国語映画賞のチリ代表作品に選出されたほか、第67回ベルリン国際映画祭では銀熊賞(脚本賞)やエキュメニカル審査員、優れたLGBT映画に贈られるテディ賞を受賞している。
 

あらすじ

チリ、サンティアゴ。ウェイトレスをしながらナイトクラブで歌っているトランスジェンダーのマリーナは、年の離れた恋人オルランドと暮らしている。マリーナにとってオルランドは、最大の理解者であり最愛の人だった。しかしマリーナの誕生日を祝った夜、自宅のベッドでオルランドの具合が急変し、病院に運ぶもそのまま帰らぬ人となってしまう。愛する人を一晩で失ってしまった哀しみに暮れるマリーナだったが、年若いトランスジェンダーであるが故に、あらぬ嫌疑をかけられ…
 

かんそう

この作品を観たのち、時間の経過とともに、何と美しい愛の物語だったのかと心が振り返ってしまう。作中に流れる、アレサ・フランクリンの「(You Make Me Feel Like)A Natural Woman」によって、マリーナとオルランドの深い絆を知らされる。そんな幸せな日々に突然訪れた悲劇。最愛の人を失った悲しみの最中に、オルランドの死への関与を疑われるマリーナ。遺族には葬儀への参列を拒まれ、恋人と仲睦まじく暮らしていた部屋を追い出され、理不尽な差別や偏見によって容赦ない侮辱や暴力にさらされる。それらはすべて、彼女がトランスジェンダーであることに起因している。蔑まれ、嫌悪感を露わにされようと、「お前は何者だ」という問いに毅然と「人間よ」と答える。マリーナは、この上なく美しい人だった。その美しい彼女が、いわれのない暴力によって醜く歪められるシーンに胸が痛む。美しくあろうとする彼らを歪んだ存在にしているのは、不寛容な社会による暴力なのだと思い知らされるからだ。幾度となく打ちのめされても、強さを失わずに生きていこうとするマリーナの葛藤が、ラテンアメリカ独特のマジックリアリズム的世界観で表現される。風で歪んだ鏡に映る姿は、世間の偏見によって歪められたマリーナそのものだ。逆風が吹き荒れるなかでも、彼女はオルランドへの愛を胸に前に進むしかない。彼女は、ヘンデルのアリア「オンブラ・マイ・フ」で、最愛の人オルランドを見送る。「かつて、これほどまでに愛しく、優しく、心地の良い木陰はなかった」と歌い上げるマリーナの神々しいまでの美しさに、心を打たれる。深い印象を残す、素晴らしい作品。
 

【映画】グレイテスト・ショーマン

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劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-14
グレイテスト・ショーマン』(2017年 アメリカ)
 

うんちく

19世紀半ばのアメリカで活躍し、ショービジネスの原点を築いた伝説の興行師P.T.バーナムの半生を描いたミュージカル。『レ・ミゼラブル』のヒュー・ジャックマンが主演を務め、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のミシェル・ウィリアムズ、『ヘアスプレー』のザック・エフロンらが共演。監督はVFX出身のマイケル・グレイシー。脚本は『シカゴ』でアカデミー賞にノミネートされたビル・コンドン。『ラ・ラ・ランド』で第89回アカデミー賞歌曲賞を受賞した、ベンジ・パセックとジャスティン・ポールが音楽を担当している。第75回ゴールデングローブ賞では作品賞、主演男優賞、主題歌賞にノミネートされ、「This is Me」が主題歌賞を獲得した。
 

あらすじ

貧しい仕立て屋の息子P.T.バーナムは、幼馴染の名家の令嬢チャリティと結婚し、彼女を幸せにするため挫折と失敗を繰り返しながら努力を重ねていた。そんなある日、オンリーワンの個性を持つ人々を集めたショーをヒットさせ、成功をつかむ。しかしフリークスたちに対する偏見から根強い反対派がおり、彼らからの妨害行為に悩まされていた。経済的に恵まれるようになっても社会的に認められないことに劣等感を抱いていたバーナムだったが、相棒フィリップの協力により、イギリスのヴィクトリア女王に謁見するチャンスに恵まれる。そこで美貌のオペラ歌手ジェニー・リンドと出会い、彼女のアメリカ公演を成功させれば、一流のプロモーターとして世間から一目置かれる存在になれると考えたバーナムは、各地でジェニーのショーを開催し、大成功を収めるが......
 

かんそう

バーナムはサーカスの礎を築いた人だ。のちにバーナムとベイリーが合併して生まれた「バーナム・アンド・ベイリー・サーカス」をリングリング兄弟が買収して「リングリング・ブラザーズ・アンド・バーナム・アンド・ベイリー・サーカス」が生まれたんだそうだ。名前がどんどん長くなる。それはさておき、とても楽しめる映画であった。さすがヒュー・ジャックマン。『ラ・ラ・ランド』の良さが理解できなかったので、「ラ・ラ・ランドの製作チームが手掛けた」という謳い文句が逆効果になる人なのだが、脚本が『シカゴ』のビル・コンドで納得。クライマックスシーンを彩る高揚感ある音楽も素晴らしかった。きっと美化された物語であろうし、バーナムが”フリークス"と呼ばれていた人たちを見世物にして財を築いたということに対して倫理的な疑念が湧かない訳ではない。が、もし、本当にそこに家族のような信頼関係と愛があり、彼らが自分の存在価値を見出して幸せだったのだとしたら。そうだったのならいいなぁ、と思いながら、多幸感に包まれてフィナーレを迎えたのであった。ところでミシェル・ウィリアムズはコケティッシュな可愛らしさが魅力だと思うんだけど、それを封印して「良家のご令嬢」のムードを醸し出せる才能に感心しつつ、ミシェルファンとしては複雑な心境であった...。