銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ナチュラルウーマン

f:id:sal0329:20180304225909p:plain

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-15
ナチュラルウーマン』(2017年 チリ,ドイツ,スペイン,アメリカ)
 

うんちく

『グロリアの青春』で注目されたチリの新進気鋭、セバスティアン・レリオ監督による人間ドラマ。最愛の恋人を失い、偏見や差別にさらされながらも誇り高く生きるトランスジェンダーの女性の姿を追う。自身もトランスジェンダーの歌手であるダニエラ・ヴェガが主演を演じた。プロデューサー陣には、『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』『ありがとう、トニ・エルドマン』を手がけた実力派が集結。第90回米アカデミー賞外国語映画賞のチリ代表作品に選出されたほか、第67回ベルリン国際映画祭では銀熊賞(脚本賞)やエキュメニカル審査員、優れたLGBT映画に贈られるテディ賞を受賞している。
 

あらすじ

チリ、サンティアゴ。ウェイトレスをしながらナイトクラブで歌っているトランスジェンダーのマリーナは、年の離れた恋人オルランドと暮らしている。マリーナにとってオルランドは、最大の理解者であり最愛の人だった。しかしマリーナの誕生日を祝った夜、自宅のベッドでオルランドの具合が急変し、病院に運ぶもそのまま帰らぬ人となってしまう。愛する人を一晩で失ってしまった哀しみに暮れるマリーナだったが、年若いトランスジェンダーであるが故に、あらぬ嫌疑をかけられ…
 

かんそう

この作品を観たのち、時間の経過とともに、何と美しい愛の物語だったのかと心が振り返ってしまう。作中に流れる、アレサ・フランクリンの「(You Make Me Feel Like)A Natural Woman」によって、マリーナとオルランドの深い絆を知らされる。そんな幸せな日々に突然訪れた悲劇。最愛の人を失った悲しみの最中に、オルランドの死への関与を疑われるマリーナ。遺族には葬儀への参列を拒まれ、恋人と仲睦まじく暮らしていた部屋を追い出され、理不尽な差別や偏見によって容赦ない侮辱や暴力にさらされる。それらはすべて、彼女がトランスジェンダーであることに起因している。蔑まれ、嫌悪感を露わにされようと、「お前は何者だ」という問いに毅然と「人間よ」と答える。マリーナは、この上なく美しい人だった。その美しい彼女が、いわれのない暴力によって醜く歪められるシーンに胸が痛む。美しくあろうとする彼らを歪んだ存在にしているのは、不寛容な社会による暴力なのだと思い知らされるからだ。幾度となく打ちのめされても、強さを失わずに生きていこうとするマリーナの葛藤が、ラテンアメリカ独特のマジックリアリズム的世界観で表現される。風で歪んだ鏡に映る姿は、世間の偏見によって歪められたマリーナそのものだ。逆風が吹き荒れるなかでも、彼女はオルランドへの愛を胸に前に進むしかない。彼女は、ヘンデルのアリア「オンブラ・マイ・フ」で、最愛の人オルランドを見送る。「かつて、これほどまでに愛しく、優しく、心地の良い木陰はなかった」と歌い上げるマリーナの神々しいまでの美しさに、心を打たれる。深い印象を残す、素晴らしい作品。