銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ジョン・F・ドノヴァンの死と生

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映画日誌’20-15:ジョン・F・ドノヴァンの死と生
 

introduction:

『Mommy/マミー』でカンヌ国際映画祭審査委員賞を受賞し、前作『たかが世界の終わり』でカンヌ国際映画祭グランプリに輝いたグザヴィエ・ドランによる、初英語監督作品。ニューヨークを舞台に、夭折したスター俳優と少年の密かな交流と、謎に満ちた死の真相が描かれる。主演はドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」シリーズなどのキット・ハリントン、『ルーム』『ワンダー 君は太陽』などで知られる天才子役ジェイコブ・トレンブレイナタリー・ポートマンスーザン・サランドンキャシー・ベイツら、豪華な顔ぶれが共演する。(2019年 カナダ,イギリス)
 

story:

2006年、ニューヨーク。人気俳優のジョン・F・ドノヴァンが29歳の若さでこの世を去った。自殺か事故か、あるいは事件か、謎に包まれた死の真相の鍵を握るのは、11歳の少年ルパート・ターナーだった。それから10年の時が過ぎ、ジョンとルパートの“秘密の文通”が一冊の本として出版される。新進俳優として注目される存在になっていたルパートが、彼と交わした100通以上の手紙の公開に踏み切ったのだ。そしてルパートは、著名なジャーナリストの取材を受け、すべてを明らかにすると宣言するが...
 

review:

美しき天才、グザヴィエ・ドランの新作である。19歳の時に監督、主演、脚本、プロデュースをした半自叙伝的なデビュー作『マイ・マザー』で国際的に高い評価を得、その後『わたしはロランス』がトロント国際映画祭で最優秀カナダ映画賞受賞、カンヌ国際映画祭ある視点部門女優賞とクィア・パルム賞を受賞。『Mommy/マミー』で、カンヌ国際映画祭審査員賞受賞、カナダ・スクリーン・アワードで最優秀作品賞を含む9部門を受賞。前作『たかが世界の終わり』は、カンヌ国際映画祭グランプリはじめ、セザール賞最優秀監督賞と最優秀編集賞など多くの映画賞を受賞。って、この子まだ20代よ。恐ろしい子・・・!と言う訳で、公開を待ち望んでいたのであるが、8歳だったドランが当時『タイタニック』に出ていたレオナルド・ディカプリオにファンレターを書いたという自身の思い出をヒントに、着想から10年の歳月を経て挑んだ本作は、これまでの作品と比べるとやや大衆寄りだ。以前からのファンに言わせれれば「こんなのドランじゃない」らしい。ハリウッド臭が鼻につくと、賛否両論。私も『わたしはロランス』に魅了されて以来ドランを追いかけてきたが、いやいや、難解だから芸術性が高いということではないし、分かりやすいことが低俗ということでもないだろう。大衆に歩み寄ったとしても、ドランはドランである。とにかく映像が圧倒的に美しい。おそらく計算され尽くした、鮮烈な印象を残す映像表現に、Adeleの ”Rolling in the Deep” やThe Verveの "Bitter Sweet Symphony” などのエモーショナルな音楽が効果的に挿入され、もうそれだけで惹きつけられてしまう。やはり、グザヴィエ・ドランの才能に魅せられてしまったら、もう抗えないのだ。彼の映像世界はいつだって我々を驚喜させ、感情の奥深いところを揺さぶる。ドランの感性を堪能できた私はたいへん満足したのであるが、ドランがこだわり続けている、母親と息子の葛藤、セクシャルマイノリティ(ゲイ)の生きづらさ、といったテーマは相変わらず。たしかに言われてみると、もうそろそろ良くない!?って思ったりもする。しかも今回にいたっては、生い立ちやセクシャリティに共通点を持つ、スター俳優ジョンとそれに憧れる少年ルパートが交わしていた秘密の文通を軸に、青年ルパートが回想しながら死の真相に迫るって、テーマ増幅させすぎや。ストーリーと構成に関しては少々脇が甘い。しかし、そんなことはどうでもいいのである。なぜなら、圧倒的に美しかったから。そして、「マイ・プライベード・アイダホ」のオマージュが素敵だったから。
 

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【映画】ジュディ 虹の彼方に

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映画日誌’20-14:ジュディ 虹の彼方に

introduction:

オズの魔法使』『スタア誕生』で知られる女優・歌手のジュディ・ガーランドの伝記映画。47歳の若さで急逝する半年前の1968年冬に行ったロンドン公演の日々を映し出す。監督は『トゥルー・ストーリー』などのルパート・グールド。『ブリジット・ジョーンズの日記』『シカゴ』などのレネー・ゼルウィガーがジュディを演じ、吹き替えなしで全曲を自ら歌い上げ、第92回アカデミー賞で主演女優賞、第77回ゴールデン・グローブ賞で女優賞に輝いた。『マネー・ショート 華麗なる大逆転』のフィン・ウィットロック、『ヘラクレス』のルーファス・シーウェル、『ハリー・ポッター』シリーズのマイケル・ガンボンなどが共演している。(2019年 アメリカ,イギリス)
 

story:

1968年。かつてはミュージカル映画の大スターとしてハリウッドに君臨したジュディ・ガーランドは、度重なる遅刻や無断欠勤によって映画出演のオファーが途絶え、巡業ショーで生計を立てる日々を送っていた。借金がかさみ、住む家も無い彼女は、幼い子どもたちと幸せに暮らすため、起死回生をかけて5週間にも及ぶロンドン公演を敢行すべく独り旅立つことに。英国での人気は今も健在だったが、それまでの荒んだ生活で精神がボロボロになっていたジュディは、舞台に立つことすら危ぶまれる有様だった...
 

review:

この「虹の彼方に」ってダサい邦題は何なん(真顔)と一瞬思ったが、本作は2005年に初演されたピーター・キルター脚本の舞台劇「エンド・オブ・ザ・レインボー」を原作としているそうなので、「配給会社がつける邦題はダサい」というバイアスで断罪しようとしてゴメンなさいという気持ちになっている。さて、この作品を観るにあたっては、ジュディ・ガーランドの壮絶な生い立ちを知っておいた方が良いだろう。作品では明確に描かれないが、エージェントに言われるがまま、ジュディを覚せい剤漬けにしていたのは実の母親である。また、映画の冒頭で ”You are my favorite” と彼女に囁くMGMスタジオの社長ルイス・B・メイヤーは児童性愛者として有名だった。母親に愛されず、13歳からショービズの世界で食い物にされてきた少女は徐々に精神を病み、生涯にわたって不眠症や不安神経症、アルコールや薬物の深刻な問題を抱えていたという。度々、容姿の劣化について書き立てられてきたけど、ジュディに扮したレネーさんがこれまた老婆のよう・・・!と思ったが、ジュディ・ガーランド本人が、長年の不摂生がたたり47歳で亡くなった時はすでに老女のようだったとのこと。何とも物悲しい。また、ジュディがゲイ・アイコンであることも知っておいたほうがよい。彼女が主人公のドロシーを演じた『オズの魔法使』がLGBTQのマスターピースであることに由来するが(かつてゲイを指す業界隠語で”Friend of Dorothy”というものがあった)、実の父や夫など彼女を取り巻く人々がゲイやバイ・セクシャルだったため、同性愛者への差別が強烈だった時代に、彼らへの理解を示していた稀有な存在だったからでもある。本作にも、ジュディの長年のファンであるゲイ・カップルが登場し、彼らの存在を通してジュディがいかに愛された人であったかが描かれる。典型的な破滅型であるジュディの姿はいかにも痛々しいが、そんな描写のなかにあって、彼らとのふれあいはじんわりと暖かい。実際のジュディの生涯においても、そんなひとときがあったと信じたい。って、ジュディに関する情報を仕入れたのちに思ったんだが、つまりはこの作品、先述の予備知識がないとドラマに奥行きが出ないのである。レネー・ゼルウィガー本人による圧巻のパフォーマンスは見応えあり。要するにレネー・ゼルウィガーがよくがんばった映画。
 

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【映画】黒い司法 0%からの奇跡

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 映画日誌’20-13:黒い司法 0%からの奇跡

 

introduction:

冤罪の死刑囚たちのために奮闘する弁護士ブライアン・スティーブンソンが、2014年に発表したノンフィクション『黒い司法 死刑大国アメリカの冤罪と闘う』を原作にした人間ドラマ。『ショート・ターム』などのデスティン・ダニエル・クレットンが監督を務めた。『クリード』シリーズなどのマイケル・B・ジョーダンがブライアンを演じるほか、『Ray/レイ』『ジャンゴ 繋がれざる者』などのオスカー俳優ジェイミー・フォックス、『ショート・ターム』『ルーム』などのブリー・ラーソンらが出演している。(2019年 アメリカ)
 

story:

黒人への差別が根強い1980年代のアメリカ・アラバマ州ハーバード大学ロースクールを卒業し、弁護士資格を取得したブライアン・スティーブンソンは、いくつもの好待遇のオファーを退け、同州で受刑者の人権擁護活動に励むエバアンスリーの協力を得て小さな事務所を設立する。冤罪で死刑判決を受けた黒人の被告人ウォルターらの無罪を勝ち取るべく立ち上がったブライアンだったが、仕組まれた証言、白人の陪審員たち、証人や弁護士たちへの脅迫など、数々の差別と不正が彼の前に立ちはだかり...
 

review:

デスティン・ダニエル・クレットン監督が撮った『ショート・ターム』も本当に素晴らしい作品だったので、本作も期待し過ぎるほど期待して観たが、やはり素晴らしかった。とにかく端正で無駄がない。構図やカットのひとつひとつが美しく象徴的。過剰にドラマチックに描くことをせず、心の揺れや感情のひだを緻密に描き、それは観る者の胸の奥深くに語りかける。脚本も佳いし、マイケル・B・ジョーダンジェイミー・フォックスら役者も素晴らしい。どうでもいいけどジェイミー・フォックスが51歳になってて驚いた。あと、トム・クルーズの元嫁と別れたらしいよ。知らんけど。映画としてクオリティが高いだけでなく、貧困者や黒人に対する偏見に立ち向かうブライアン・スティーブンソンの姿に心を打たれる。貧しい黒人集落で生まれ、身を以て人種差別を経験したブライアンは、ハーバードのロースクール時代に司法修習生として死刑囚の支援をしたことがきっかけで「イコール・ジャスティス・イニシアチブ(EJI)」を立ち上げる。周囲からの反対や妨害、自らも謂れなき差別を受けながら、不当な扱いを受ける黒人死刑囚のために奮闘するブライアンの絶望と希望、そして信念が、デスティン・ダニエル・クレットン監督の確かな手腕によって、一層際立つものとなっている。トートロジー。出てくる白人が軒並みクソでちょっと極端な気もしたが(少しだけ救いがあるものの)、もしかしなくてもこれが現実なのだろうし、1990年頃の話だと思うと寒気がする。黒人の冤罪事件は無くならないし、白人警察官は丸腰の黒人を射殺する。なぜ黒人が「俺たちは生来有罪なんだ」と嘆かなくてはいけないのか。やはり、マーティン・ルーサー・キングが暗殺された1968年から何にも変わっていないのだ。実に見応えのある作品であった。てか、こんな良作、もっと話題になってもよくない!!!???って私は思うのだが、日本での上映館が少なくて悲しい・・・。
 

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【映画】スキャンダル

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映画日誌’20-12:スキャンダル
 

introduction:

2016年にアメリカのテレビ局で実際に起きたセクハラ事件を描いたドラマ。シャーリーズ・セロンニコール・キッドマンマーゴット・ロビーら、実力派が顔を揃える。監督は『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』のジェイ・ローチ、脚本は『マネー・ショート 華麗なる大逆転』でアカデミー賞を受賞したチャールズ・ランドルフ。『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』でアカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞を日本人として初めて受賞したカズ・ヒロ(辻一弘)が、本作でも第92回アカデミー賞でメイクアップ&ヘアスタイリング賞を獲得した。(2019年 アメリカ)
 

story:

2016年、アメリカニュース放送局で視聴率NO.1を誇る「FOXニュース」の局内に激震が走る。元キャスターのグレッチェン・カールソンが、TV界の帝王と崇められるCEOのロジャー・エイルズをセクハラで提訴したのだ。このスキャンダラスなニュースにメディアが騒然とする中、看板番組を背負う売れっ子キャスターのメーガン・ケリーは、自身の成功までの軌跡を振り返り動揺する。一方、メインキャスターの座を虎視眈々と狙っている野心家の若手ケイラに、ロジャーに直談判するチャンスが巡ってくるが...
 

review:

「FOXニュース」というメディアがどのようなものか、ロジャー・エイルズがどのような人物か知っておくと、この作品をより楽しめるだろう。ロジャー・エイルズはニクソン大統領以来30年以上、共和党の大統領選挙においてテレビ戦略を手掛けてきた人物であり、共和党のためだけに作られたこのメディアは(乱暴な言い方をすると)アメリカの政治、大統領を動かしてきた黒幕である。このとてつもない「権力」に屈してきた女性たちが立ち上がり、闘う。この決意はいかほどかと想像を絶するが、何がすごいって、ほんの数年前のこのスキャンダラスな事件を、社名どころか登場人物も実名で映画化しちゃうアメリカ社会である。もちろん一部フィクションはあるが、カズ・ヒロの特殊メイクのおかげで『ガープの世界』でレディを演じてたジョン・リスゴーがジャバ・ザ・ハットにそっくりだよもう。デブなのに自分の容姿に執着してる大食漢が、息をするようにセクハラやパワハラをおこなう様子が映し出されるのだが、女性たちも自分のキャリアのため、ギャラのためにそれを甘んじて受け入れている。なぜなら共和党のためにデマを流すようなFOXニュースに所属していた人間は、もはや他のTV局に採用などされないからだ。ここで生き残るための社内政治も描かれるし、長いものに巻かれる人々の姿も描かれる。シャーリーズ・セロンニコール・キッドマンマーゴット・ロビーという演技力抜群女優がFOXニュースを象徴するような金髪美女に扮しているが、全員アメリカ人じゃないのが皮肉だ。ちなみにマーゴット・ロビーが演じたケイラは架空の人物である。野心家で、なんとかしてロジャー・エイルズに近付き、チャンスを手に入れようとする。何も知らない彼女は、ロジャーの巧妙なやり口に戸惑いつつ、拒絶という選択肢を失い、ドレスをたくし上げてしまう。セクハラのケースとしてはかなりソフトな描写であるが、しかしこの場面は、実に雄弁にさまざまなことを物語っており秀逸。ちらりとのぞくマーゴット嬢の白いパンティには、監督の意図がある。特別ではないその下着は、そのようなことが起こるとは全く想像していない、無防備な心理状態からの恥辱そのものなのだ。ジェイ・ローチ監督さすがや。『トランボ』面白かったもんな。ただ、何だろう、観終わったあとのこのスッキリしない感じは。これは始まりに過ぎず、根拠のない力にねじ伏せられてきた女性たちの闘いはまだ続く、ということの示唆だろうか。
 

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映画:ミッドサマー

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映画日誌’20-11:ミッドサマー
 

introduction:

長編デビュー作『へレディタリー/継承』で注目されたアリ・アスターが監督と脚本を務めたスリラー。90年に一度の祝祭が行われる、スウェーデンの奥地を訪れた大学生たちが目の当たりにする悪夢を映し出す。主演は『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされた注目の若手フローレンス・ピュー。『シング・ストリート 未来へのうた』などのジャック・レイナー、『パターソン』などのウィリアム・ジャクソン・ハーパー、『デトロイト』などのウィル・ポールターらが共演。(2019年 アメリカ,スウェーデン)
 

story:

不慮の事故で家族を失ったダニーは、大学で民俗学を研究する恋人や友人たちと一緒に、スウェーデンの奥地に向かう。太陽が沈まない夏至におこなわれる「90年に一度の祝祭」に参加するため、留学生・ペレの故郷”ホルガ村”を訪れた5人は、美しい花々が咲き乱れ、優しい村人たちが陽気に歌い踊る楽園のような風景に魅了されてしまう。しかし祝祭が進むにつれ、村に不穏な空気が漂い始め、妄想やトラウマ、不安と恐怖に苛まれたダニーの心は次第にかき乱されていくが...
 

review:

気鋭の映画スタジオ”A24”が、またアリ・アスターにえらいもん撮らせてもうた。てかこれ、あかんやつや。まず、ルキノ・ヴィスコンティ監督『ベニスに死す』で世界を虜にしちゃった伝説の美少年ビョルン・アンドレセンの使い方な? かつての少女たちが卒倒するやん?と、きっと確信犯なのだろうと思いつつ、前作でデビュー作の『へレディタリー/継承』が私にはイマイチ刺さらなかったけど、アリ・アスターおそるべし。まさに異形の天才。夏至沈まぬ太陽のもと、花々が咲き乱れる極彩色の風景のなかで延々と繰り広げられる祝祭、闇とは無縁の世界で描かれる狂気。IKEAの国こええー!ってなるやん?もうね、あかんで。逆転する天地、謎のドラッグで歪む視界、フラッシュバックするトラウマ、村人たちが奏でる邪悪な無印良品みたいな音楽、タペストリーに描かれた不穏な”おまじない”・・・この村の人たち、NHKスペシャルが初めて映像に納めることに成功した、未開の土地で古代の生活を営むやばい種族なんじゃないかな。彼らが脈々と受け継いできたらしい伝統や暮らしは、どこか日本神話の生々しさ、もっと平たく言うとエログロに通じる。営まれる儀式は日本の神道を彷彿とさせるし、離島の秘祭のようでもある。以前も書いたことがあるが、日本と北欧は感覚的な部分がちょっと似ている。古代、キリスト教が広まる以前は自然崇拝していたからだろう。ホラーで描かれるアニミズムって得体が知れないものが蠢いていて、蝕まれるような恐怖がある。ていうか生きてる人間しか出てこないのにホラーってなによ。ちなみに、アリ・アスターは失恋体験がきっかけでこの狂気の物語を書いたらしいので、これは壮大な失恋映画でもある。強烈な映画体験をさせてもらったけど、ぼかし無し、未公開シーン含む2時間50分のディレクターズカット版を観る勇気はまだない。
 
ダニーは狂気に堕ちた者だけが味わえる喜びに屈した。ダニーは自己を完全に失い、ついに自由を得た。それは恐ろしいことでもあり、美しいことでもある——アリ・アスター
 

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【映画】1917 命をかけた伝令

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映画日誌’20-10:1917 命をかけた伝令
 

introduction:

アメリカン・ビューティー』『007 スペクター』などで知られる名匠サム・メンデスによる戦争ドラマ。第一次世界大戦を舞台に、重要なミッションを与えたれた若きイギリス人兵士2人の1日を壮大なスケールで描く。主演は『はじまりへの旅』などのジョージ・マッケイと『リピーテッド』などのディーン=チャールズ・チャップマン。コリン・ファースベネディクト・カンバーバッチマーク・ストロングらイギリスを代表する実力派が脇を固める。製作陣には、『ブレードランナー2049』で撮影賞を獲得したロジャー・ディーキンス、『ダンケルク』で編集賞を獲得したリー・スミスら名手が集結。全編を通してワンカットに見える映像を創り上げ、第92回アカデミー賞では作品賞、監督賞を含む10部門でノミネートされ、撮影賞、録音賞、視覚効果賞を受賞した。(2019年 イギリス,アメリカ)
 

story:

第一次世界大戦開戦から、およそ3年が経過した1917年4月。フランスの西部戦線では、防衛線を挟んでドイツ軍と連合国軍のにらみ合いが続いていた。そんな中、イギリス人兵士のスコフィールドとブレイクに、撤退したドイツ軍を追撃中のマッケンジー大佐の部隊に作戦の中止を知らせる重要な任務が命じられる。部隊が進行する先にはドイツ軍による罠が張り巡らされており、この伝令が明朝までに間に合わなければ、ブレイクの兄を含む1600人もの兵士が命を落とし、イギリスが敗北することになるが...
 

review:

私にとってのサム・メンデスは、”『アメリカン・ビューティー』の人”である。愚かで滑稽な人間の姿をユーモアと皮肉と愛情で包んで、アメリカの平凡な家庭が狂気を孕みながら崩壊していくさまを冷ややかに映し出した問題作だ。クライムサスペンスだった脚本を、いざ撮影してみたら、あれ、じゃなくない?みたいな感じで法廷シーンなどをばっさりカットしちゃって社会派ドラマに仕立て上げたサム・メンデス。サスペンスだと思って演じていた俳優陣も、完成した映画観て度肝抜かれたらしいよ・・・。そんな確信犯が「全編を通してワンカットに見える映像」で観客の度肝を抜いたんだが、「全編ワンカット映像」と誤解を招く記載をしたメディアも少なくなかったため、実際に観た人が「ワンカットじゃないやん!」ってがっかりする現象も起きたし、そうじゃないって知ってる人も、一体どこが繋ぎ目なんだと躍起になって探してしまったことだろう。私もそうだ。監督が、映画に集中してもらうため敢えて無名の俳優を起用したって言ってたけど、スコ氏はどこかで見たことがあると思ってたら『はじまりへの旅』の長男だったし、あ、この軍曹見たことある、誰だったっけ?と思いを巡らせてたら将軍役のコリン・ファースを見落とし、エンドロールで、あれ、コリン・ファースどこ?ってなった。ちなみに新年早々に見たイギリス映画の主演だった。と、割とどうでもいいことに字数を割いてしまったが、どうでもいいことに気を取られていたとしても没入感が半端ないのである。類を見ない究極の臨場感で、人と人が直接殺し合っていた、第一次世界大戦塹壕に連れていかれるのだ。死屍累々の戦場、ドイツが優勢であることが一目瞭然の独軍要塞、チェリーの花、オフィーリアのごとき川流れ、照明弾が作り出す光と陰、辿り着いた兄の慟哭。どれほど緻密な計算をして創り上げたのかと思うと、気が遠くなる。サム・メンデス先生のお仕事拝見いたしました。という語彙力のない感想しか出てこないし、超不謹慎なことを言うと、119分間ディスニーのアトラクションに乗ってる気分であった。IMAXでおかわりしたいと思っているが、監督によるとDolby Atmos推奨とのこと。筆舌に尽くし難い貴重な映画体験であったが、ただ一点、メンデス先生、なんであそこ暗転したん・・・っていうことだけ聞きたい。
 

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【映画】母との約束、250通の手紙

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 映画日誌’20-09:映画/母との約束、250通の手紙

 

introduction:

フランスを代表する伝説的文豪ロマン・ガリの自伝小説「夜明けの約束」を映画化した伝記的ドラマ。激動の時代に翻弄されながらも強い絆で結ばれた母と息子の半生を描く。監督は『蛇男』などのエリック・バルビエ。『イヴ・サンローラン』などのピエール・ニネ、『アンチクライスト』などのシャルロット・ゲンズブール、『マダムと奇人と殺人と』などのディディエ・ブルドンらが共演。第43回セザール賞で主演女優賞など4部門にノミネートされた。(2017年 フランス,ベルギー)
 

story:

シングルマザーとして息子ロランを育てるユダヤポーランド人移民のニーナ。思い込みが激しく負けん気が強い彼女は、息子がフランス軍で勲章を受けて外交官になり、大作家になると信じてその才能を引き出すことに命を懸けていた。母と共にロシア、ポーランド、ニースに移り住んだロマンは、母の過剰な愛と重圧にあえぎながらも、母の願いを叶えるべく努力を重ねていく。やがて成長したロマンは自由フランス軍に身を投じ、母からの激励の電話や手紙を支えにパイロットとして活躍する。同時に念願の小説が出版され、作家デビューを果たすが...
 

review:

ロマン・ガリを初めて知った。私が外国文学に精通していないから、という単純な理由かと思ったが、どうやら日本ではあまり知られておらず、現在国内市場で彼の翻訳本を手に入れることは簡単ではない。とは言え彼は、ロマン・ガリ名義とエミール・アジャール名義で2度ゴンクール賞を受賞した、フランスを代表する作家である。ゴンクール賞はフランスで最も権威のある文学賞のひとつ。受賞するのは生涯に一度という規則があるにも関わらず、ペンネームを使って正体を明かさずに受賞したのだ。しかしそんなエピソードが些細なことに思えるほど、ガリの生涯は波乱万丈で数奇なものであった。1914年、ロシア帝国領ヴィリナ(後にポーランドヴィルノ、現在はリトアニア共和国の首都ヴィルニュス)で生まれたロマン・ガリ。雪が降りしきる中、生活のため帽子の行商をしている母親のニーナの姿が印象的だ。その後、フランス・ニースに移り住んだ母子は、陽光溢れる海辺の街で比較的幸せな時期を過ごす。っていうか、母ニーナの商才がすごい。ヴィリナでは自分の洋装店を(嘘だけど)ブランディングして貴婦人たちの心を掴み、マーケティングに長けている。商才を見込まれ経営を任されたニースのホテルも、地元の人に愛される場所に育てあげた。おそらく彼女は頭が良く、相当な切れ者だったのだろう。ただ、時代世相が彼女の立身出世を阻んだ。ニーナは叶えられることのない夢と野望を何もかも、息子に託したのかもしれない。息子がフランス軍で勲章を受けて外交官になり、そのうえ大作家になると本気で信じ、毎日毎日呪文のように唱えていたのだ。こわいよー。今の言葉で言うなら「毒親」だ。名前を何度も変えたガリの歪んだアイデンティティは、そこに由来するような気がする。ただ、母親からの過度な期待という重圧があっても、その個性と才能が潰されることなく如何なく発揮され、例え素性を隠しても世間に認められるものに昇華した、ということには驚きを禁じ得ない。Wikipediaに「フランスの小説家、映画監督、外交官」の記載があるってことは、ロマン少年、母の願いを全部叶えたのである。母ニーナの深い深い、狂おしいほどの愛があり、それを受け止める息子の愛があったのだ。そんな肝っ玉母さんニーナを、かつての『なまいきシャルロット』が全身全霊で演じていることも感慨深い。ロシア、ニース、ロンドン、アフリカ、そしてメキシコと世界を旅するような映像も見応えがあり、実話とは思えないほどドラマに満ちたガリの半生が興味深く、文学的で奥行きのある作品となっている。素晴らしい映画体験であった。
 

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