銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ラッキー

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劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-21
『ラッキー』(2017年 アメリカ)

うんちく

アルフレッド・ヒッチコック監督の『間違えられた男』でデビュー、ヴィム・ヴェンダース監督『パリ、テキサス』で主人公トラヴィスを演じたハリー・ディーン・スタントン自身になぞらえて描かれた人間ドラマ。90歳の少々偏屈な現実主義の”ラッキー”が、人生の終わりについて思いを巡らせる姿を映し出す。コーエン兄弟の『ファーゴ』やフィンチャーの『ゾディアック』、イーストウッドの『グラン・トリノ』などで活躍してきた名脇役ジョン・キャロル・リンチの初監督作品。ハリーの友人である映画監督のデヴィッド・リンチが主人公の友人役で出演している。ハリー・ディーン・スタントンは2017年9月に91歳で逝去し、これが最後の主演作品となった。

あらすじ

神など信じずに生きてきた90歳のラッキー。ひとりで暮らす部屋で目を覚まし、コーヒーを飲んでタバコをふかす。ヨガを5ポーズ、21回こなしたあと、テンガロンハットをかぶり、行きつけのダイナーに向かう。店主のジョーと冗談を交わし、ウェイストレスのロレッタが注いでくれたコーヒーを飲みながら新聞のクロスワードパズルを解く。帰り道、とある場所で決まって「クソ女め」とつぶやくことも忘れない。そして馴染みのバーでブラッディメアリーを飲みながら常連客と会話する。そんな毎日を繰り返していたある朝、突然気を失い倒れてしまう。人生の終わりが近づいていることを思い知らされたラッキーは、初めて「死」と向き合うが...

かんそう

素晴らしい映画に出会ってしまった。ハリー・ディーン・スタントンがトラヴィス・ヘンダーソン役を演じた1984年の『パリ、テキサス』にオマージュを捧げつつ、ハリーに当て書きをした脚本で本人の体験に基づくエピソードが描かれる。ハリーの盟友デビッド・リンチ監督の存在も作品に奥行きを出している。90歳になるハリーの顔に深く刻まれた皺、静かな眼差し、呼吸。それを眺めているだけで、彼がどんな人生を送ってきたのか、どんな世界を見つめてきたのか、わかるような気がするのだ。偏屈で口が悪いのに、街の住人たちが彼を親身に愛していることが伝わってくる。子どもの頃に怖かった暗闇、去っていったペットの100歳の亀、戦禍の中で微笑んだ日本人少女。積み重ねられる会話、シーンのひとつひとつが味わい深く、何一つ見逃さないように見入ってしまった。死とはなにか、人生とはなにか、という哲学的な禅問答は、やがて「空(くう)」「無」そして「微笑み」の境地へと辿り着く。実際、ハリー本人も「ゼン・カウボーイ」と形容され、仏教的な価値観を支持する人物としても知られたそうだ。拈華微笑。そんな禅の言葉を思い出すような、ハリーの穏やかな微笑みに心を洗われた。