銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】すばらしき世界

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映画日誌’21-07:すばらしき世界
 

introduction:

『ゆれる』『永い言い訳』『ディア・ドクター』などの西川美和が脚本と監督を手掛け、直木賞作家・佐木隆三のノンフィクション小説「身分帳」を現代に置き換え映像化した人間ドラマ。これまでオリジナル脚本に基づく作品を発表してきた西川監督が、初めて原作ものに挑んだ。主演は日本映画界を代表する名優、役所広司。本作で第56回シカゴ国際映画祭インターナショナル コンペティション部門にて最優秀演技賞を受賞した。仲野太賀、長澤まさみ橋爪功梶芽衣子、六角精児、北村有起哉、白竜、キムラ緑子、安田成美らが共演する。(2020年 日本)
 

story:

13年の刑期を終え旭川刑務所をあとにした三上正夫は、身元引受人の弁護士・庄司を頼って上京し、下町のボロアパートで新しい生活を始める。今度こそカタギになると誓い自立を目指すが、目まぐるしく変化する社会に取り残された彼の職探しはままならない。その頃、作家を目指してテレビの制作会社を辞めたばかりの津乃田のもとに、やり手のプロデューサー吉澤から仕事の依頼が入る。前科者の三上が心を入れ替えて社会に復帰し、生き別れた母親と再会する筋書きで感動のドキュメンタリーに仕立て上げようというものだ。生活が苦しい津乃田はその依頼を請け、三上に近付くが...
 

review:

日本映画界には大変申し訳ないことに邦画をあまり観ないのだが、西川美和の作品は観るようにしている。西川美和は、綺麗ごとを描かない。観る者の胸の奥を鷲掴みにして、えげつないほど揺さぶってくる。彼女の作品からは、ある種の覚悟のようなものを感じるのだ。なので、心のなかで正座して観た。西川美和の覚悟とともに、役所広司という役者の凄みを見た。
 
ふと見せる人懐っこい笑顔で、津乃田のみならず観ている我々の心も油断させてしまう。かと思えば、怒りの感情をコントロール出来ず、激昂して声を荒げながら凄むさま、内側に秘めた凶暴性にギョッとさせられる。役所広司、すげぇ。という一言に作品の全てが集約されてしまいそうなほど彼の仕事は素晴らしかったのだが、北村有起哉や六角精児は言わずもがな、津乃田を演じた仲野太賀も独特のムードを持ち合わせていてよかった。
 
役所演じる三上は、幼い頃から極道の世界に足を突っ込み、人生の大半を刑務所で過ごしてきた前科10犯だ。中途半端に入っている背中の刺青が、彼の人生を物語っている。優しくてまっすぐな性分だが、生い立ちが禍して暴力しか解決方法を知らず、まっとうに生きる術を持たない。一度ドロップアウトした人間を許容しない社会の閉塞感が、彼の自尊心を覆い尽くしていく。あまりにも世知辛い。
 
社会に折り合いをつけて生きていくことがどういうことなのか、まっとうに生きるとはどういうことなのか。皮肉のような「すばらしき世界」の意味を考えさせられる。三上という不器用なはみ出し者の姿を通して社会の不条理をあぶり出し、それでも、西川美和は人間の愛おしさ、優しさの本質を描く。無駄のない脚本ながら、時にクスリと笑わされるユーモアの塩梅も流石だ。いつもながら丁寧な作品づくりで、映像や演出も素晴らしい。風にゆれるランニングシャツの切なさ、秀逸だった。ただただ、いい映画だった。
 

trailer: