銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ビバリウム

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映画日誌’21-12:ビバリウム 
 

introduction:

新居を探す若いカップルが、不動産屋に紹介された奇妙な住宅地から抜け出せなくなるサスペンススリラー。新鋭ホラー監督ロルカン・フィネガンがメガホンを取る。『ソーシャル・ネットワーク』などのジェシー・アイゼンバーグと、『グリーンルーム』『マイ・ファニー・レディー』などのイモージェン・プーツが出演。謎の住宅地に閉じ込められ、誰の子か分からない赤ん坊を育てることになってしまったカップルの、精神が崩壊していくさまを見事に演じたプーツは、第52回シッチェス・カタロニア国際映画祭で最優秀女優賞を受賞。(2019年 ベルギー,デンマーク,アイルランド)
 

story:

新居を探すトムとジェマのカップルは、ふと足を踏み入れた不動産屋から、全く同じ家が建ち並ぶ住宅地<Yonder(ヨンダー)>を紹介される。内見を終え帰ろうとすると、ついさっきまで一緒にいた不動産業者の姿が見当たらない。二人は奇妙に思いながらも帰路に着こうと車を走らせるが、どこまで走っても周囲の景色は一向に変わらない。誰もいない住宅地から抜け出せなくなり困惑する彼らのもとに、段ボール箱が届く。そこには誰の子かわからない生まれたばかりの赤ん坊が入っており、二人は仕方なく世話をすることになるが...
 

review:

冒頭、カッコウの托卵の様子が描かれる。カッコウのヒナによって蹴落とされ息絶えたヒナを土に埋めながら、自然の摂理だから仕方がないと話す若いカップル。彼らは新居を探しており、何気なく足を踏み入れた不動産屋でとある住宅地を紹介され、軽い気持ちで見学する。すると案内していたはずの不動産屋が姿を消し、彼らも帰ろうとするがどうやってもその住宅地から出られない。そして彼らのもとに「この子を育てれば開放する」と書かれた箱が届き、中には赤ん坊が入っていた。彼らも托卵されてしまうのだ。
 
彼らが育てることになった子どもは「子どもらしさ」から「かわいらしさ」を排除したような存在で、彼らを苛立たせる。親をじっとりと観察し、執拗に言動を真似て、気に入らないことがあればヒステリックに金切り声をあげる。それでも黙々と家事と子育てをこなし、次第に環境に適応してくかのように見えるジェマ。対して、子育てを放棄し、わずかな希望を求めて庭の穴を掘り続け、その穴で夜を明かすようになるトム。生物学的な性差による行動の違い、旧態依然としたジェンダーの価値観を映し出しているのだろう。
 
そして彼らが暮らす羽目になった「Yonder」の街並みは、どこまでも均質で無機質。マグリットの絵画を彷彿とさせるが、実に不気味だ。「Yonder」から抜け出す術を奪われたトムとジェマは、そこで毎日を繰り返すしかない。生命を維持するだけの糧は与えられるが、「生きる」以外の選択肢がない、出口のない拷問。希望が持てない状況で人間の精神が崩壊していくさまを、シュールに描いている。
 
彼らは謎の生命体によって選択肢を奪われたように見えるが、いき過ぎた資本主義のもとで暮らす私たちは、本当に自分の意志で人生を生きているだろうか?思考停止したまま、資本家から作為的に与えられたものを消費するだけの存在になっていないだろうか。資本主義の歯車として労働力を搾取され使い捨てられる存在なのだとしたら、ビバリウムに閉じ込められ、そのサイクルに組み込まれたトムとジェマは私たちのことなのではないか。ふと、人生の目的って何だろうと考えさせられる。不条理で不快な物語だったが、その映画体験は実に興味深いものだった。
 

trailer: