銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-62
シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の』(2018年 フランス)
 

うんちく

フランスの片田舎オートリーヴに実在する建築物「シュバルの理想宮」の実話をベースに、たった一人で宮殿を完成させた郵便局員の50年を描いたヒューマドラマ監督は『エトワール』などのドキュメンタリー映画で知られるニルス・タヴェルニエ。『レセ・パセ自由への通行許可証』でベルリン国際映画祭最優秀男優賞を受賞し、『グレート デイズ! -夢に挑んだ父と子-』でもタヴェルニエ監督とタッグ組んだ名優ジャック・ガンブランが主演を務める。モデルとしても活躍する、『ゲンズブールと女たち』『パリの恋人たち』などのレティシア・カスタが共演。
 

あらすじ

19世紀末、フランス南東部の村オートリ―ヴ。村から村へと手紙を配り歩く郵便配達員シュヴァルは、妻を病気で亡くし、子どもの養育ができないと判断した親類によって一人息子を里子に出されてしまう。やがて未亡人フィロメーヌと運命の出会いを果たし、結婚したふたりにの間には娘アリスが誕生するが、寡黙で人付き合いが苦手な彼は娘にどう接したらいいのか戸惑っていた。そんなある日、配達の途中で変わった形の石につまづいたことをきっかけに、石を積み上げて宮殿を建てることを決意する。それは彼なりの、アリスへの愛情表現だった。シュヴァルは来る日も来る日も黙々と石を運んでは積み上ていく。村人たちからは変人扱いされながらも、家族3人で慎ましかやに幸せな毎日を送るシュヴァルだったが、彼には過酷な運命が待ち受けていた...
 

かんそう

実在するこの”シュヴァルの理想宮”は、たった一人の郵便配達員が、33年の歳月をかけて築き上げたものである。ある日、配達中につまづいた奇妙な形の石に魅せられた男は、新聞や雑誌や絵葉書で見た遠い異国の景色をつなぎ合わせ、拾い集めた石を積み上げること9万3000時間、東西26メートル、北14メートル、南12メートル、高さ10メートルに及ぶ、壮大で奇想な建造物を完成させた。制作当時は周囲の人々に白い目で見られていたシュヴァルだったが、シュールレアリスムの詩人アンドレ・ブルトンによって称賛され、 ピカソやニキなどフランスを代表する画家にも多大な影響を与えることになる。世界中のナイーブ・アート、あるいはアウトサイダー・アート(正式な美術教育・訓練を受けていない作家による芸術)建築において最も特異な例として知られ、近年は年間数万人がこの場所を訪れる。現在、フランス政府により国の重要建造物に指定され、修復も行われているそうだ。シュヴァルの半生を描いたこの映画を観るにあたり、理想宮の存在を初めて知ったのであるが、すっかりこの驚くべき実話の虜になってしまった。理想宮の壁面には、「この岩を造ることによって、私は意思が何を為しうるかを示そうと思った」と刻まれている。ひたすら頑固に信念を貫き、偏執狂と揶揄されながらも自分が思い描いた”理想”をかたちにしたシュヴァル、そして彼を見守り支えた妻フィロメーヌの、愛と知性を垣間見ることができる。ドローム県の美しい自然を背景に、静謐なタッチで淡々と描かれる、ささやかな幸せ、激しい慟哭、深い悲しみ。画集を一枚ずつめくり、その度に感嘆のため息を漏らしてしまうような美しさがそこにはあった。