銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ちいさな独裁者

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-11
『ちいさな独裁者』(2017年 ドイツ,フランス,ポーランド)
 

うんちく

RED/レッド』や『ダイバージェント』シリーズなどハリウッドで活躍するロベルト・シュヴェンケ監督が、母国ドイツで第2次世界大戦中に起きた実話を映画化。偶然にもナチス将校の軍服を手に入れた脱走兵が、その権威を借りて独裁者へと変貌していくさまを描く。『まともな男』などのマックス・フーバッヒャーが主演、『THE WAVE ウェイヴ』などのフレデリック・ラウ、『顔のないヒトラーたち』のなどのアレクサンダー・フェーリングらが出演。
 

あらすじ

第二次世界大戦末期の1945年4月。敗色濃厚なドイツでは、脱走兵による略奪などの軍規違反が相次いでいた。部隊を脱走し憲兵隊に追われていた上等兵ヘロルトは、道端に打ち捨てられた軍車両の中で空軍将校の軍服一式を発見する。あまりの寒さにその軍服を身にまとい、逃走で痛んだ靴を履き替えた彼の前に、部隊からはぐれた上等兵フライタークが現れる。ヘロルトを本物の将校だと信じたフライタークに敬礼された彼は、このまま空軍大尉に成りすますことを思いつく。その後、道中で出会った兵士たちを次々と服従させた彼の傲慢な振る舞いはエスカレートしていくが...
 

かんそう

この数年、ナチスを題材にした作品が多く生み出されており、実際のところ少々食傷気味だ。しかしこの作品には、ユダヤ人やロマ、その他の迫害されたマイノリティは出てこない。ナチス・ドイツの人間が同胞に対して虐待と虐殺を繰り広げるという、実におぞましい狂気の沙汰を描いている。しかもそれを行った人間は、打ち捨てられた軍車両に残されていた将校の制服や勲章をまとい、大尉になりすました脱走兵だった。何より恐ろしいことには、あるはずのない権威を振りかざした彼に同調し追従する者が大勢いたことだ。実際、ヘロルトが従えた兵士の数は一時80人前後にのぼったと言われている。人間がいかに「軍服」や「勲章」といった権威に感化されやすく、集団心理に左右されやすく、いとも簡単にファシズムに傾倒してしまう生き物であるか、ということだ。ただの一兵卒が瞬く間に”独裁者”へと変貌していくさまは、多くのドイツ人がヒトラーとナチズムを支持した権力構造の記憶を同時に呼び醒ます。なお、示唆に富んだこの作品は、自国の歴史が書き換えられてきたことに対するシュベンケ監督の怒りだ。「『第2次大戦では、一般の兵士たちは虐殺に関わっていない』という“神話”が、長らくドイツにありました。恐ろしい行いはすべてナチス高官らイデオロギーを持つ人々によるもので、惨劇の責任は彼らにある、と。学校ではそう教わったし、自分たちの両親も僕らにそう教えていました。兵士たちは無垢であり、罪はなかったと考えられていました」と監督が語っている通り、ヘロルトの戦争犯罪も長らく歴史の闇に葬られてきた事実がある。ドイツ人が自国の歴史と向き合い始めた今だからこそ、撮るべき映画を撮ったのだろう。そのことを受け止めるには、充分に価値ある作品と言えるだろう。ヘロルトは終戦後に行われた尋問のなかで、虐殺の動機について問われると「自分にもわからない」と答えたという。そのとき彼はまだ21歳だった。