銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】アングスト/不安

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映画日誌’20-24:アングスト/不安
 

introduction:

実在の殺人鬼ベルナー・クニーセクによる一家惨殺事件を映画化した実録スリラー。監督は本作が唯一の監督作品となるジェラルド・カーグル、撮影、編集は『タンゴ』でアカデミー賞最優秀短編アニメ賞を受賞した世界的映像作家ズビグニェフ・リプチンスキ。冷徹なエレクトロサウンドは元タンジェリン・ドリームアシュ・ラ・テンペルクラウス・シュルツが担当した。『アンダーワールド』などのアーウィンレダーが主演を務める。1983年公開当時、反社会的な内容のため本国では1週間で上映打ち切りになった。(1983年 オーストリア)
 

story:

1980年、オーストリアの刑務所から一人の男が出所する。10年前、理由もなく老女を射殺して10年の禁固刑に服役していたシリアルキラー「K.」だった。幼少期、複雑な家庭環境で虐待を受けてきた彼はサディスト気質を強め、自分の母親をナイフでメッタ刺しにするなどし、自分の周りの人間を死の恐怖に怯えさせることに喜びを覚えるようになっていた。自由の身になった彼は獲物を物色し、人気のない森の中に佇む一軒の豪邸に目を付けるが...
 

review:

1980年に殺人鬼ヴェルナー・クニーセクが起こした一家殺害事件を題材にしている本作は、1983年に『鮮血と絶叫のメロディー/引き裂かれた夜』というタイトルで公開されている。 その反社会的な内容から本国オーストリアでは1週間で上映打ち切りとなり、ヨーロッパ各国で上映禁止となった。イギリスとドイツではビデオの発売も禁止され、アメリカでもXXX指定がついたという。
 
劇場のサイトには、「本作は娯楽を趣旨としたホラー映画ではありません。特殊な撮影手法と奇抜な演出は観る者に取り返しのつかない心的外傷をおよぼす危険性があるため、この手の作品を好まない方、心臓の弱い方はご遠慮下さいますようお願い致します。またご鑑賞の際には自己責任において覚悟して劇場にご来場下さい。」とのアナウンス。
 
よくある残虐表現を求めて肝試し気分で観ると、肩透かしをくらうだろう。その手のサスペンスホラーに比べても、実際の事件と照らし合わせても、拷問や殺害シーンの描写がマイルドなのである。しかしそれで「騙された!」と思うのは少々お門違いだろう。「ホラー映画ではありません。」と書いてある通り、この映画の恐ろしさは、そんなところに潜んではいない。
 
この作品に強い影響を受けたと語る映画監督のギャスパー・ノエは、本作を60回鑑賞したそうだ。多用される長回し、高所からの俯瞰ショットと極端な接写、不自然に揺れを抑えた主観的な映像、ぐるぐると回転する独特のカメラワークやライティングが、観る者を嫌な気持ちにさせる。効果音とどこか噛み合わない、無機質な電子音の音楽が、なんとも言えない気持ち悪さを押し付けてくる。どこまでも冷たく、陰鬱で、シュールだ。そして極め付けは、「K.」を演じたアーウィンレダーの存在感だろう。
 
淡々と、殺人鬼の視点で、犯行の一部始終が描かれていく。被害者の追われる視点ではなく、殺人の恐怖を客観的に追うものでもない。裁判で「女性が私のために恐怖で震えているのが大好きだ。それは中毒のようなもので、絶対に止まらない」「私は単に殺人への欲望から彼らを殺した」と語ったヴェルナー・クニーセクをモデルにした殺人鬼「K.」が、狂気に駆り立てられるようになるまでの過程が、殺人鬼の「主観」によって丹念に描かれる。
 
その暴力性と加害性の裏には、母親からの無関心、親族による様々な虐待があった。その独白を聞かされているうちに、一見、支離滅裂で理解不能な凶行の「合理性」と彼なりの「正当性」を突きつけられる。いつの間にか殺人鬼の主観に同化してしまい、うっかりすると、その人間的な感情の部分に共鳴させられそうになるのだ。この作品の恐ろしさと気持ち悪さについて、ご理解いただけだだろうか。狂気にみちた、映画体験であった・・・。
 

trailer: