銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ウエスト・サイド・ストーリー

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映画日誌’22-07:ウエスト・サイド・ストーリー
 

introduction:

スティーブン・スピルバーグ監督が、1961年にも映画化された伝説のブロードウェイミュージカル「ウエスト・サイド物語」を再び映画化。1950年台のアメリカ・ニューヨークを舞台に、2つの移民グループが抗争を繰り広げるなかで生まれた”禁断の愛”の物語を描く。『ベイビー・ドライバー』などのアンセル・エルゴート、オーディションで約3万人の中から選ばれた新星レイチェル・ゼグラーが主演するほか、1961年版でオスカーを受賞したリタ・モレノらが出演する。『リンカーン』のトニー・クシュナーが脚本、元ニューヨーク・シティ・バレエ団のソリストでダンス界を牽引するジャスティン・ペックが振付を担当。2022年・第94回アカデミー賞では作品、監督賞ほか計7部門にノミネートされた。(2021年 アメリカ)
 

story:

1950年代のニューヨーク。マンハッタンのウエスト・サイドは、夢や成功を求めて多くの移民たちが暮らしていた。貧困や差別に直面し、社会への不満を募らせた若者たちは同胞の仲間と結束し、各チームは対立し合っていた。ある日、プエルトリコ系移民の「シャークス」のリーダーを兄に持つマリアは、敵対するポーランド系移民の「ジェッツ」の元リーダーであるトニーと出会い、運命的な恋に落ちてしまう。その二人の禁断の愛が、多くの人々の運命を変えていくことになるが...
 

review:

1961年版『ウエストサイド物語』を観たことがあると思っていたけれど、まともに観たことはなかったらしい。高校時代の音楽の先生が音楽映画を授業に用いる人で、『ウエストサイド物語』もいくつかの代表的なナンバーを映像で観せられたのだと思う。あるいは、いろんなメディアに引用されている断片的なイメージを繋ぎ合わせて、まるで観たことがあるように記憶してたのだろう。
 
言い換えると、それほど影響力のある作品であるということだ。ミュージカル映画の代名詞であり、金字塔である。それをリメイクするというのは、わざわざ地雷を踏みに行くような難しい挑戦だ。名匠スティーブン・スピルバーグ監督が映画史に残る名作をどんな風に生まれ変わらせたのか、アンセル・エルゴートがトニー役を演じることも楽しみで、公開を心待ちに待った。
 
IMAXのシアターで2時間半、美しい音楽とダイナミックなダンスシーンに彩られた映像世界に圧倒され、魅了された。1961年版と異なる設定もいくつかあったようだが、物語の筋はほぼ同じ。ラブストーリーとしては当然ながら古臭く、両目を開いて冷静に観るとツッコミどころ満載だが、そんなことはどうでもいい。スピルバーグ先生はテクニシャンなので色々うやむやにされてる気がするけど、映画史に残る名曲の数々と、ジャスティン・ペックという新しい才能が色付けしたダンスシーンに見惚れるだけの映画なので、美しかったらいいのである。
 
作品全体のカメラワークも素晴らしかったが、色使いも印象深い。「シャークス」は暖色系、「ジェッツ」は寒色系の衣装でまとめられており、ダンスホールで2つの色が混ざり合うシーンは圧巻。そして何色にも染まっていないマリアのドレスは白だし、トニーと恋に落ちたマリアのドレスはブルーに染まるのである。トニーとマリアが運命的な出会いを果たす伝説のシーン、印象はそのままにより美しく生まれ変わっていて涙が出た。世界遺産を見たような気持ちになったし、何ならそれだけで満足した。そして個人的には、トニーよりマリアより、アニータ役のアリアナ・デボースの存在感に釘付けになった。助演女優賞を獲ってほしい。
 
この悲恋の物語は「ロミオとジュリエット」をベースに、プエルトリコ系移民と白人系移民のギャングが敵対する構図が描かれている。一口にアメリカの白人と言っても、ヨーロッパ系移民には多様なルーツがあり、最初に入植したイギリス系移民のWASPを頂点にヒエラルキーがある。次いでプロテスタント教徒のオランダ、スウェーデン、ドイツ、フランスなど西欧、北欧系が入植し、19世紀に入るとアイルランドからの移民が増える。
 
そして20世紀になってイタリアなどの南欧系、そしてポーランドなどの東欧系、そしてユダヤ人が続く。彼らは旧来の「旧移民」に対して「新移民」と呼ばれた。後から来た人間は虐げられる。虐げられた者は、さらに弱い者を虐げる。本作に登場する「ジェッツ」はポーランド系移民のチームだが、「ポラック」や「フーリッシュ・ポーリッシュ」という蔑称があるように、ポーランド系は伝統的に差別されてきた。
 
つまり白人対プエルトリコ人という単純な構図ではなく、人種差別を受け、貧困に喘いでいる者同士の対立なのである。そうした社会背景を知っておくと、スピルバーグが今この時代に『ウエストサイド物語』を甦らせた意味をより深く理解できるようになる。若い恋人たちから愛し合う場所を奪った「ひとつになれない世界」は、複雑な社会構造のなかで作り上げられたものなのだ。いつかすべての色が混ざり合う時が来るようにと、願うばかりである。
 

trailer:

【映画】ゴーストバスターズ/アフターライフ

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映画日誌’22-06:ゴーストバスターズ/アフターライフ
 

introduction:

超常現象を研究していた科学者たちが結成した〈ゴーストバスターズ〉がニューヨークの街をゴーストから救う活躍を描き、世界中で大ヒットを記録したSFコメディー『ゴーストバスターズ』の続編。過去2作品の監督を務めたアイヴァン・ライトマン監督の息子であり、『JUNO ジュノ』『マイレージ、マイライフ』などのジェイソン・ライトマンが監督を務めた。『gifted/ギフテッド』などのマッケナ・グレイス、『IT イット』シリーズなどのフィン・ウルフハード、『ゴーン・ガール』などのキャリー・クーン、『ナイトミュージアム』などのポール・ラッドらが出演する。(2021年 アメリカ)
 

story:

母や兄とともに、祖父が遺した田舎の古い屋敷に引っ越してきた12歳のフィービー。街では、30年間にわたり原因不明の地震が頻発していた。ある日、フィービーは地下室で祖父が遺した謎のハイテク装置の数々を見つけ、ゴーストを捕獲するための装置「プロトンパック」を発見する。やがて彼女は、科学者だった祖父イゴン・スペングラーが〈ゴーストバスターズ〉の一員として30年前にニューヨークをゴーストから救ったことを知るが、さらなる異変が街を襲い始め...
 

review:

え、ゴーストバスターズが嫌いな人なんているの・・・?みんな大好きだよね・・・?一作目が登場したのは、ここから遡ること37年の1984年。え、生まれてない・・・?全米年間興行収入No.1、日本でも年間配給収入No.1に輝く大ヒットとなり、レイ・パーカーJr.が歌う主題歌も大ヒット、「No Ghost」のマークが世の中に溢れかえった。本当に溢れかえったんだよ。1989年には続編となる『ゴーストバスターズ2』が公開され、80年代のカルチャーを牽引する伝説のSFアクションシリーズとなり、世界中で社会現象を巻き起こしたんだよ・・・。
 
超常現象を研究していた科学者ピーター、レイモンド、イゴンの3人+ウィンストンがニューヨークの街でゴーストたちと戦ってから30年が経ち、12歳の女の子が納屋でプロトン・パックを見つける。それは彼女の祖父が遺したものであり、彼女はイゴン・スペンクラー博士の孫娘だったのだ。このイメージをもとに、シリーズ生みの親であるアイヴァン・ライトマン監督の息子、ジェイソン・ライトマン監督が、新しいゴーストバスターズの物語を紡ぎ出した。彼は人間のドラマを描くことに長けた、インティペンデントのフィルムメーカーとして知られている。
 
オリジナル版へのリスペクトと愛がつまった、最高の映画だった。祖父から孫へ、父から息子へ渡されるバトン。父アイヴァンが創り出した「ゴーストバスターズ」のスピリットを息子ジェイソンが受け継ぎ、敬意をもって新しい世代の物語へと昇華させた。アウトサイダーたちが活躍する荒唐無稽な展開、ハイテクながらクラフト感あるお馴染みのガジェット、どこか愛嬌あるゴーストたち。すべてが愛おしく、新しいゴーストバスターズの進化を楽しむと同時に、一作目のDNAがガッチリと組み込まれていることに深い感動を覚える。エンドロールでもうれしい再会があるから、絶対に最後まで観てほしい。
 
スーパーマンにはなれないけど、ゴーストバスターズになら、なれる気がする。そう思わせてくれるのが最の高である。私もツナギを着てプロトンパックを背負いたいし、ゴーストバスターズに入りたい。劇場で「No Ghost」のキーホルダーを買って帰ったくらいには、ゴーストバスターズに入りたい。自宅でレイ・パーカーJr.になりきって「ゴーストバスターズ!」って叫ぶと、夫が「アレクササンバ!」って返してくるのがいささか迷惑だが、本当に本当に楽しい映画体験だった。——その数日後、アイヴァン・ライトマン監督の訃報。ご冥福をお祈りする。
 

trailer:

【映画】フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊

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映画日誌’22-05:フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊
 

introduction:

グランド・ブダペスト・ホテル』『犬ヶ島』などのウェス・アンダーソン監督が、フランスの架空の街にある雑誌社で働く編集者たちの活躍を描いた人間ドラマ。『ゴーストバスターズ』シリーズなどのビル・マーレイ、『スリー・ビルボード』などのフランシス・マクドーマンドの他、オーエン・ウィルソン、エドワード・ノートンティルダ・スウィントン、レア・セドゥ、ウィレム・デフォーシアーシャ・ローナンウェス・アンダーソン作品の常連に加え、ベニチオ・デル・トロティモシー・シャラメエイドリアン・ブロディら豪華な顔ぶれが出演。第74回カンヌ国際映画祭に正式出品された。(2021年 アメリカ)
 

story:

20世紀フランスの架空の街。米国新聞社の支社が発行する雑誌「フレンチ・ディスパッチ」は、アメリカ生まれの名物編集長アーサー・ハウイッツァー・Jr.が集めた一癖も二癖もある才能豊かな記者たちが活躍し、国際問題からアート、ファッションから美食に至るまで深く斬り込んだ唯一無二の記事で人気を獲得している。ところがある日、編集長が仕事中に心臓まひで急逝。彼の遺言によって廃刊が決定し、編集長の追悼号にして最終号が発行されることになるが...
 

review:

米国新聞社の支社が発行する「フレンチ・ディスパッチ」誌の編集部は、アンニュイ・シュル・ブラッセ(Ennui-sur-Blasé)というフランスの架空の町にある。アンニュイもブラッセも「退屈」といった意味らしい。編集長の急死により廃刊が決定し、最終号には追悼文と共に4つの記事が掲載されることになりましたとさ、というお話である。
 
「フレンチ・ディスパッチ」は、「ニューヨーク・タイムズ」紙の記者だったジェーン・グラントと夫のハロルド・ロスによって1925年に創刊された、老舗雑誌「ニューヨーカー」がモデルになっている。ウェス・アンダーソンは高校の図書館で『ニューヨーカー』誌に出会い、夢中で読み耽ったそうだ。本作に登場する編集者や記者たちは、「ニューヨーカー」で活躍した実在の人物のイメージを纏っている。
 
憧れてやまないザ・ニューヨーカー」誌、そしてパリへの偏愛をこれでもかと詰め込み、傾倒する古き良きフランス映画へのオマージュを散りばめ、ウェス・アンダーソンの独特の世界観を構成するデザインや色彩、カメラワークはいずれも素晴らしく、キャストも無駄に豪華で見応えがあった。が、如何せん、ウェス・アンダーソンの作品にはある意味、抑揚がない。抑揚はないが、やたらと情報量が多い。
 
懸命に過多な情報を噛み砕こうと努力したが、私はこの作品と対峙したとき、とても疲れていた。考えることが多すぎて眠れず、慢性的な睡眠不足に陥っていた。3つのストーリーによるアンソロジー、全てのストーリーにおいて起承転結の「転」で意識を失った。ハッと気づいたら「結」だった。レア・セドゥはどうなったのか、ティモシー・シャラメになにがあったのか、シアーシャ・ローナンはどこで出てきたのか、さっぱり・・・。念のため断っておくと、ウェス・アンダーソンのことは大好き(のはず)である・・・。
 

trailer:

【映画】アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド

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映画日誌’22-04:アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド
 

introduction:

恋愛を遠ざけている女性学者に、彼女の理想のパートナーとなるよう設計されたアンドロイドが”完璧な恋”を仕掛けるラブロマンス。監督はNetfixドラマ『アンオーソドックス』でエミー賞を受賞し、世界的な注目を集めるマリア・シュラーダー。『まともな男』などのマレン・エッゲルトが主演し、第71回ベルリン国際映画祭で最優秀主演俳優賞を受賞した。『美女と野獣』の二枚目俳優のダン・スティーヴンスが英国訛りのドイツ語を駆使し、完全無欠の人工知能を演じ、『ありがとう、ト二・エルドマン』などのザンドラ・ヒュラーが共演する。(2021年 ドイツ)
 

story:

ベルリンのペルガモン博物館で楔形文字の研究に没頭する学者アルマは、研究資金を稼ぐため、とある企業が極秘で行う特別な実験に参加することに。そんな彼女の前に現れたのは、初対面にも関わらず積極的に口説き始めるハンサムなトム。彼は、全ドイツ人女性の恋愛データを学習し、アルマの性格や好みに完璧に応えられるようプログラムされた高性能AIアンドロイドだった。「3週間の実験期間内にアルマを幸せにする」というミッションを課せられたトムは、あらゆるアルゴリズムを駆使して、恋愛に消極的なアルマにアプローチを仕掛けていくが...
 

review:

アホっぽい邦題も許し難いが、日本版のポスターだけ顔のシワ消し加工されているという事実が何とも許し難い・・・。作中のトムさん、思ってたより年配の設定だなとは思ったけど、そういうことか。配給会社は本当にギルティやで。そういうとこやで。気付いていたら劇場に観に行かなかったかもしれないが、気付くのか遅かった。が、製作者と作品に罪はないのでレビューを書くことにする。
 
人間とアンドロイドの間に愛は存在するか、という、昨今やや現実味を帯びつつある哲学的なテーマを扱っている。かつて『her 世界でひとつの彼女』などでも描かれてきたが、答えは出ない。『her 』のサマンサは実態がなかったが、こちらのトムさんは人間にしか見えない肉体をお持ちである。いろいろあって恋愛は不要と考えているアルマ、研究資金を稼ぐため渋々実験に参加したので、トムの甘い言葉にも冷ややかな反応。
 
ダン・スティーヴンスが真面目な顔をしてクサい台詞を吐き続けるので前半は完全にギャグなんだが、自分の趣味嗜好をもとにプログラミングされたものは自分の延長でしかない、という結論をさくっと出せたりするアルマさん、実に理知的で感心してしまった。ほんと、冷静に考えたらそうだよね・・・。ただただ快適なパートナー関係、そこに自己の成長はあるのか?って葛藤しそう。しかし、それすら緻密に計算されていたりするのが人工知能
 
自分だったら...と思いを巡らせてみたが、仕事先にいるLOVOTに話しかけてるし、ぶつかったらゴメンって言ってるし、相手が機械だと分かっていても無意識に生き物扱いしている。何ならルンバにすら情が湧く。いやこれ、余裕で一緒に暮らせるな。病気しない、死なない、介護してくれる、しかも自分好み。独身だったら心の底から欲しかったかもしれない。アルマも自分で言って自分で気付いてたけど、価値観は相対的なものだから良し悪しは自分が決めるしかないのだ。人間とアンドロイド、永遠のテーマだなぁ。なかなか面白かった。
 

trailer:

【映画】スティルウォーター

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映画日誌’22-03:スティルウォーター
 

introduction:

アカデミー賞受賞作『スポットライト 世紀のスクープ』のトム・マッカーシーが監督と脚本を務めたサスペンス・スリラー。仏マルセイユを舞台に、殺人罪でつかまった娘の無実を証明するため、真犯人を探し出す父親の姿を描く。『オデッセイ』『ボーン』シリーズのマット・デイモンが主演し、『リトル・ミス・サンシャイン』などのアビゲイル・ブレスリンが共演する。『幸せの行方...』などのマーカス・ヒンチー、『ディーパンの闘い』のノエ・ドゥブレや『預言者』のトーマス・ビデガンらが共同で脚本を手掛けた。(2021年 アメリカ)
 

story:

アメリカ・オクラホマ州スティルウォーターに暮らすビルは、殺人罪で服役している娘アリソンに面会するため、単身フランス・マルセイユを訪れる。無実を訴え続けるアリソンから真犯人に関する情報を得るが、法的手段を使い果たし打つ手がないことを知ったビルは、フランスに移住し自ら真犯人探しに乗り出す。偶然知り合ったフランス人女性のヴィルジニー、マヤの親子に助けられ、言語の壁、文化の違いに打ちのめされながらも、娘の潔白を証明すべく奮闘するが...
 

review:

マット・デイモン出演作にハズレ無し。異国の刑務所にいる娘を救出すべく奮闘するアメリカ人の父親ビルを演じているのだが、ジェイソン・ボーン『96時間』リーアム・ニーソンを期待してはいけない。愛する家族を命がけで捜索する元CIAのタフガイではなく、地味で世間知らずで保守的な田舎のアメリカ白人男性を泥臭く体現している。大きくて強い事が良いという文化で育った男、典型的なアメリカの「プア・ホワイト」になりきっており、その演技は確かに素晴らしい。
 
が、マットの場合、どうしても知性が滲み出ているよね...。娘に「とーちゃんはアレだから全く頼りにならない」と陰口叩かれても、あんまり説得力がない。しかし信用できない父親を頼りにするしかない娘をエキセントリックに演じたアビゲイルちゃんも素晴らしく、『リトル・ミス・サンシャイン』のあの子がいろんな意味で期待通りに成長していてうれしい。なお、マット演じるビルと心通わせるヴィルジニーさん、どこかで見たと思ったら『ハウス・オブ・グッチ』の愛人さんじゃないか。
 
さて、マルセイユを舞台にしたドラマなのに何故「スティルウォーター」なのかは最後にわかるのだが、ひたすらスリラー的展開があるのかと思いきや、ホテルで知り合った少女マヤと母親ヴィルジニーと心を通わせていく様子が微笑ましく描かれたりする。文化系男子と演劇論を交わしていた舞台女優が、その対極にいるマッチョなビルとどうしてそうなるのという非現実的展開に片目をつぶりながら眺めていると、ふと緊張が走りスリリングに展開していく。139分の長尺であるが、中弛みすることなく濃密な人間ドラマが紡がれる。
 
かつてアルコールとドラッグで荒んだ生活を送り、妻を自殺に追い込んだ男が悔い改め、娘を救出することで自分を立て直し、娘との関係を修復していく・・・んだけど、一筋縄ではいかない。トム・マッカーシーが描こうとした本当のテーマはもっと奥深いところにあるようだ。実は、序盤に登場するバーの元オーナーが重要な鍵を握っている。彼の差別主義的な発言がもとでビルとヴィルジニーは口論となり、「娘が最優先だ」というビルに対してヴィルジニーは「このアメリカ人め(とは言ってないけど)」とキレてしまう。ここが肝なのだ。
 
つまり、ビルは娘を救出することが正義で、そのためなら何でもやる。娘の無実を盲信して独りよがりな正義を貫く、実にアメリカ的な “ミー・ファースト(自己優先的)”が描かれているのだ。それは他国で自国の正義を振りかざすアメリカのようでもあり、トランプの代弁者のようでもある。その先に辿り着いた真実の、何と皮肉なことか。人生は冷酷だ。スティルウォーターの景色を眺めながら、ビルがつぶやいた最後のセリフが、全てを物語っている。示唆に富み、深い余韻を残す、重厚なドラマだった。マット・デイモン出演作にハズレ無し。
 

trailer:

【映画】ハウス・オブ・グッチ

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映画日誌’22-02:ハウス・オブ・グッチ
 

introduction:

巨匠リドリー・スコット監督が、イタリアの老舗メゾン「GUCCI(グッチ)」の創業者一族にまつわる衝撃の実話をもとに、一族の崩壊を描いたサスペンス。サラ・ゲイ・フォーデンのノンフィクション小説「ハウス・オブ・グッチ」を原作に、グッチ一族の確執と3代目社長マウリツィオ・グッチ暗殺事件を描き出す。主演は『アリー/スター誕生』のレディー・ガガ。『スター・ウォーズ』シリーズなどのアダム・ドライヴァーのほか、アル・パチーノジャレッド・レトージェレミー・アイアンズなど豪華な顔ぶれが脇を固める。(2021年 アメリカ)
 

story:

貧しい家庭で生まれ育つが、母の再婚により社交界に出入りできるようになった野心的なパトリツィア・レッジャーニ。ある日彼女は、イタリアで最も裕福で格式高いグッチ家の後継者の一人であるマウリツィオ・グッチと出会う。パトリツィアに魅了されたマウリツィオは父の反対を押し切って結婚してしまう。贅沢な暮らしを満喫していたパトリツィアは、グッチ家での自分の地位を高めるため一族の確執をあおり、ブランドを支配しようと画策し始める。そんなパトリツィアに嫌気が刺したマウリツィオが離婚を決意したことで、彼女は破滅の道を歩み始める...
 

review:

1995年3月27日、GUCCI創業者グッチオ・グッチの孫にあたる3代目社長マウリツィオが、ミラノの街で暗殺された。1995年なら物心つきまくりのお年頃なのでニュースを覚えていそうだが、いや全然記憶にない・・・。誰もが知る世界的ブランド「GUCCI」の裏側で、こんなスキャンダラスな事件があったとは。GUCCIと言えば、1990年代にそれまでの古臭いイメージを払拭し、バンブーが流行ったのを覚えている。現在まで続く、その後の華やかなる展開は言うまでもない。
 
2時間37分という長尺だったが、華麗なる一族の悲劇たる悲劇を「面白おかしく」描く娯楽作、楽しんだ。史実ではない部分もありそうだし、グッチ関係者は苦言を呈しているようだが、リドリー・スコット大先生、さすがである。大先生の前作『最後の決闘裁判』の構成と演出が凝っていて面白すぎたため、ストレートな時系列でストレートに分かりやすく描かれていることにやや拍子抜けしたものの、財と権力、愛、欲望、殺人と要素てんこ盛りのドラマに引き込まれた。
 
マウリツィオ、パトリツィア夫妻の写真を見たけど、演じた2人がそっくりで驚いた。マーゴット・ロビーらも候補にあがったようだが、本物のパトリツィアも小柄だったらしいのでガガ様が適役。教養と品性がない、小柄で派手な悪女をガガ様が見事に体現していたよ。実はガガ様が苦手だったんだけど、一周回って好きになってきた・・・。今更だけど天才なんだな。なお、本物のパトリツィアさん、自分を演じるくせにあいさつがないってガガ様におかんむりらしい。そしてアダム・ドライバーの世間知らずなおぼっちゃま感すごい。そこから変化していく様もすごい。
 
それ以上にジャレット・レトの禿げ上がったパオロおじさん、イケメンの跡形無し。特殊メイクなんだそうだ。アル・パチーノ演じるアルド父さんとの掛け合いがコミカルで、作品にユーモアをもたらしている。無能の人として描かれるパオロ、調べてみると評価している記事もあり、功績がないわけではなさそう。一体どっちなのだろうと思うのだが、老舗メゾンGUCCIの品位を貶めたことは間違いなく、なんとアルド父さん、史実では「パオロをけっして一族の墓に入れてはいけない」と遺言したらしい。とは言え、ジャレット・レトやりすぎ。
 
占い師のピーナさんはどこかで観たと思ったら『フリーダ』のサルマ・ハエック。しかも彼女、LVMH、リシュモンと並ぶファッション業界の大手コングロマリットで、現在グッチが所属している「Kering」の会長フランソワ=アンリ・ピノーの妻らしい。なんというクレイジーなキャスティング。代々のグッチ経営者に寄り添う執事みたいな存在感だったドメニコさん、彼のその後についても調べてみると興味深い。ああ、テキサスから来たアメリカ野郎はトム・フォードだったか・・・。見終わって思うことは、何もかも滑稽で、狂気の沙汰だと言うことだ。
 
私は最近、"ハウス・オブ・グッチ”という2時間37分の映画の上映を生き延びた。——トム・フォード
I recently survived a screening of the two-hour-and-37-minute film that is House of Gucci.——Tom Ford

 

trailer:

【映画】クライ・マッチョ

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映画日誌’22-01:クライ・マッチョ
 

introduction:

半世紀以上にわたり俳優として活躍しながら、『許されざる者』『ミリオンダラー・ベイビー』で監督として2度のアカデミー賞に輝いたクリント・イーストウッドが監督・主演を務め、N・リチャード・ナッシュの小説を原作に描くヒューマンドラマ。落ちぶれた元カウボーイが、少年とメキシコを横断しながら心を通わせていく。ナッシュと『グラン・トリノ』などのニック・シェンクが脚本を担当し、『ミリオンダラー・ベイビー』などのアルバート・S・ラディらが製作を手掛ける。(2021年 アメリカ)
 

story:

アメリカ、テキサス。ロデオ界のスターとして君臨したマイク・マイロは落馬事故をきっかけに落ちぶれ、家族は離散。競走馬の種付けの仕事をしながら一人で暮らしていた。ある日、マイクは元雇い主から、別れた妻に引き取られてメキシコにいる彼の息子ラフォを連れ戻すよう依頼される。単身メキシコに向かい、親の愛を知らない生意気な不良少年のラフォと出会と出会ったマイクは、アメリカ国境への二人旅を始めるが...
 

review:

2022年の映画初めである。クリント・イーストウッド大先生の新作であり、監督50周年40作目のアニバーサリー作品を心して観る。うむ、マッチョであった。イーストウッド作品にハズレなしと思っていたけど、やや説明くさい台詞、時折わざとらしい演出、荒唐無稽な映画的展開に、あれ・・・?先生、ちとヤキが回った・・・?と思ったのが正直なところ。
 
だが、それでも血が通った物語になるあたり、さすがはイーストウッド先生・・・?全体を通して見れば、優しくて素敵な時間だったのである。馬場VSブッチャーの試合を眺める気持ちで眺めていたという点を差し引いたとしても、温かい気持ちになったのある。オスカーを獲った2作品や『グラン・トリノ』ほどの切れ味がないのは事実だけど、全くの駄作かというとそうとも言い切れない。馬場VSブッチャーの(以下同文)
 
イーストウッド先生演じるマイク・マイロ氏、落ちぶれたとはいえ一世を風靡したカウボーイである。今のうちにカウボーイやっときたかったのかなと邪推するし、原点でもある西部劇に回帰しつつこれまでの集大成とも言える仕上がりだったので、遺作にならないか心配でならない。これが遺作とかダメ絶対。
 
と思うけど、何かとマッチョマッチョうるさいラフォ少年に対して、みんな強さを誇張しすぎだ、と優しく諭すイーストウッド先生、何かとマッチョマッチョさんざん言われてきたイーストウッド先生が世界にむけてかました盛大な”にぎりっ屁”なのではないかという気がしてきた。まあ、だとしたら、これが最後だよって舌を出して笑ってくれていればいいかな。いやダメだろ。
 

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