銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】summer of 85

f:id:sal0329:20210905205851p:plain

映画日誌’21-32:summer of 85
 

introduction:

フランス映画界の巨匠フランソワ・オゾンが、自身が17歳の時に出会い深く影響を受けたエイダン・チェンバーズの小説「Dance on my Grave」(おれの墓で踊れ)を映像化。運命的な出会いを果たした美しき少年たちの、初めての恋と永遠の別れが描かれる。主演はオーディションで選ばれたフェリックス・ルフェーヴルとバンジャマン・ヴォワザン、『歓びのトスカーナ』などのヴァレリア・ブルーニ・テデスキや『背徳と貴婦人』などのメルヴィル・プポーらが共演する。第73回カンヌ国際映画祭でオフィシャルセレクションに選出、第15回ローマ国際映画祭で観客賞を受賞、第46回セザール賞では作品賞や監督賞など11部門12ノミネートされた。(2020年 フランス)
 

story:

セーリングを楽しもうとヨットで一人沖に出た16歳のアレックスは、突然の嵐に見舞われ転覆し、近くを通りかかった18歳のダヴィドに救出される。運命の出会いを果たした二人は友情を深めるが、それはやがて恋愛感情へと発展し、アレックスにとって初めての恋となった。深い絆で結ばれた二人は、ダヴィドの提案で「どちらかが先に死んだら、残された方はその墓の上で踊る」という誓いを立てる。しかし不慮の事故によって、ダヴィドは命を落としてしまう。
 

review:

その名を見れば食指が動いてしまうフランソワ・オゾンの新作となれば観るしかないのだが、全編フィルム撮影されたノスタルジックな映像美、その曖昧でざらざらとした手触り、THE CUREの代表曲「In Between Days」の軽快なイントロで始まる1985年の夏。フランソワ・オゾンの世界を無心で堪能してしまったためロクな感想が残っていないが、瑞々しく、不器用で不格好な初恋の一部始終を眩しく眺めていたような気がする。作品を彩るロッド・スチュワートの名曲「Sailing」が印象的だ。
 
オーディションでアレックス役に抜擢されたフェリックス・ルフェーヴルのムードがいい。どことなく80年代に人気だったリヴァー・フェニックスを思い出させる。当初、ダヴィド役のバンジャマン・ヴォワザンがアレックス役を希望していたそうだが、美形すぎないバンジャマンの「じゃないほう」感のバランスがいい。ワム!ジョージ・マイケルアンドリュー・リッジリーみたいで、そこはかとない80年代。
 
原作小説であるエイダン・チェンバーズ著「Dance on my Grave」に出会った当時17歳のオゾンは衝撃を受け、「いつか長編映画を監督する日がきたら、その第一作目はこの小説だ」と決意したのだそうだ。自身の作品づくりに影響を与え続けてきた作品を、映画監督として円熟したいま映像化した意味など考える。いろんな側面で、成熟させることに時間がかかったのだろう。
 
80年代はまだ、今よりもずっとゲイが偏見と闘っていた時代だろうが、そのあたりの描写はない。普遍的な青春の物語としてストレートに描かれており、我々も素直に少年たちの恋愛模様を享受することができる。初めての恋と永遠の別れ、傷付き悶え苦しみ、成長する。ただそれだけが描かれており、誰の心にも甘く切ない余韻を残すだろう。フランソワ・オゾンのフォロワーは必ず観ることをお勧めする。
 

trailer:

【映画】フリー・ガイ

f:id:sal0329:20210824224224p:plain

映画日誌’21-31:フリー・ガイ
 

introduction:

デッドプール』シリーズなどのライアン・レイノルズが、『ナイト ミュージアム』のショーン・レビ監督とタッグを組んだアクション。何でもありのゲームの世界を舞台に、平凡なモブ(背景)キャラだった主人公が世界の危機を救うため立ち上がる。ドラマシリーズ『キリング・イヴ/Killing Eve』などのジョディ・カマー、ドラマシリーズ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』などのジョー・キーリー、『ジョジョ・ラビット』などのタイカ・ワイティティ、『ゲット・アウト』などのリル・レル・ハウリーらが出演する。(2020年 アメリカ)
 

story:

ルール無用のオンライン・ゲーム<フリー・シティ>のモブ(背景)キャラとして、銀行強盗に襲われる毎日を繰り返していた銀行員のガイ。謎の女性モロトフ・ガールとの出会いをきっかけに退屈な日常に疑問を抱き始めた彼は、いつものように襲ってきた銀行強盗に反撃してしまう。撃退した強盗から奪ったサングラスをかけると、これまで見えなかったものが見えるように。やがでガイは、自分がいる世界はビデオゲームの中で、自分はそのモブキャラであることに気付くが...
 

review:

何これ楽しい!笑った!泣いた!最高!という小並感あふれる感想で恐縮だが、みんな観たらいいよ・・・。私は「NPC」が「ノンプレイヤーキャラクター」ということをさっき知ったくらいにはゲームを知らないが、どっぷりオンライン・ゲーム<フリー・シティ>の世界にはまってしまった。できるだけネタバレを踏まないで観た方が良さそうなので、できるだけネタバレしないように書く。
 
ゲームの世界だからこそのハチャメチャなアクションやら、ガイのモブキャラ感やらキーリーとミリーのギーク感やら、最終兵器デュードの破壊力(いろんな意味で)やら面白い。チャニング・テイタムクリス・エヴァンスヒュー・ジャックマンドウェイン・ジョンソンYouTubeのスター・ゲーマーたちのカメオ出演、そしてディズニーが20世紀フォックスを買収したからこそ実現した小ネタが楽しい。
 
ガイは自分を閉じ込めている殻を破り、新しいことに挑戦することで周囲に影響を与えていく。そしてキーリーも。ゲームの世界でも、リアルな世界でもスリリングなドラマが同時に展開していくのでジェットコースターのようである。詰め込みすぎでわちゃわちゃしているかと思いきや、やがて点と点がつながって、ひとつの道筋が見える。
 
笑えるエンタメ作品だと思っていたら、意外にも重層的かつ奥行きのある物語で見応えがあった。「自分の手で、世界は変えられる」というシンプルなメッセージがどストレートに描かれているのだが、素直に心に響くのである。そして、最後は壮大なロマンスに泣かされた・・・!何なのこの幸福感と高揚感。愛おしいじゃないか。もう一回、マライア・キャリーの「Fantasy」を聴きにいこうかな。
 

trailer:

【映画】プロミシング・ヤング・ウーマン

f:id:sal0329:20210816220513p:plain

映画日誌’21-30:プロミシング・ヤング・ウーマン
 

introduction:

Netflixオリジナルシリーズ「ザ・クラウン」などで知られる女優エメラルド・フェネルが、監督・脚本を手掛けたサスペンス。フェネルにとってこれが長編映画監督デビューとなる。『17歳の肖像』『華麗なるギャツビー』のキャリー・マリガンが主演を務め、『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』などのボー・バーナムなどが共演する。『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』『スーサイド・スクワッド』などの女優マーゴット・ロビーが製作として参加している。2021年・第93回アカデミー賞で作品、監督、主演女優など5部門にノミネートされ、脚本賞を受賞した。(2020年 イギリス,アメリカ)
 

story:

カフェの店員として平凡な生活を送っているように見えるキャシーだが、夜な夜なバーで泥酔したフリをしては、自分を持ち帰り事に及ぼうとする男たちに制裁を加えていた。ある日、大学時代のクラスメイトで小児科医になったライアンがカフェに現れる。この偶然の再会が、キャシーの恋心を目覚めさせ、同時に過去の悪夢に連れ戻してしまう。優秀な医大生として明るい未来が約束されていた彼女だったが、ある事件によってその道を断たれていたのだ。
 

review:

ポップでカラフル、ガーリーでかわいい復讐劇かと思ったら、ヘビーなテーマをコメディでくるんだ毒入りキャンディーだった・・・スカッとするのかと思っていたので、虚無感すごい。作品に対してではなく、この世の中への虚無感だ。典型的なホモソーシャルと男性優位主義、その社会で「わきまえようとする女」の罪すらをも映し出し、痛烈に批判する。社会構造的な女性軽視、そして傍観者は加害者と等しい、ということを突きつけてくるのだ。
 
この作品のもとになった、スタンフォード大の事件を調べた。被告の父は、息子が意識のない女性に性的暴行を働いたのは「わずか20分の行為」にすぎず、厳罰は「高い代償を払わされることに等しい」と主張したそうだ。この卑劣な犯罪行為に対し、司法が下した判決は郡刑務所での6ヶ月の刑期と保護観察処分という異例の軽さ。加害者が「裕福な家庭で育った白人のエリート男性」であることが司法判断を歪めたと全米から非難が集まり、被害者が実名で声明を出したことで大きな議論を巻き起こしたそうだ。
 
「前途有望な若者」の未来のために、「前途有望な若い女性」”プロミシング・ヤング・ウーマン”だったキャシーは唯一無二の親友を失い、人生を見失う。どうでもいいけど、キャリー・マリガンは大好きだけど、キャシー厚化粧が恐いよ。厚化粧のせいで30歳になろうかという女性にしては老けて見えるのだが、ファッションはガーリーでアンバランス。未来と摘み取られたキャシーの時間は止まったままが、現実は残酷に時を刻んでいく、というコントラストが痛々しい。
 
止まったままだったキャシーの時間は、同級生との再会をきっかけに動き出す。不穏な復讐劇と並行して、明るい未来を予感させるロマンスが軽快な語り口で描かれる。ネタバレするので詳細は書かないが、意表を突かれる展開に翻弄され、衝撃の結末に戦慄する。それにしても、キャシーの過去や現状を示すモノローグやナレーション、親友ニーナとの回想シーンは一切ないにもかかわらず、彼女たちの特別な友情、その痛みや苦しみにアプローチできてしまう脚本と演出が見事。多くの共感と議論を巻き起こした問題作、目撃者になることをおすすめする。
 

trailer:

【映画】シャイニー・シュリンプス!愉快で愛しい仲間たち

f:id:sal0329:20210810222253p:plain

映画日誌’21-29:シャイニー・シュリンプス!愉快で愛しい仲間たち
 

introduction:

実在するゲイの水球チーム「シャイニー・シュリンプス」をモデルにしたヒューマンドラマ。LGBTQ+による世界最大のスポーツと文化の祭典「ゲイゲームズ」出場を目指して奮闘する様子と、彼らのコーチを務めることになったゲイ嫌いの水泳選手との交流を描く。実際のシャイニー・シュリンプスのメンバーでもあるセドリック・ル・ギャロが監督・脚本を手掛け、『美女と野獣』などのニコラ・ゴブらが出演。(2019年 フランス)
 

story:

元オリンピック銀メダリストのマチアスは、同性愛差別発言によって世界水泳大会への出場資格を失ってしまう。彼に課されたペナルティは、ゲイのアマチュア水球チーム「シャイニー・シュリンプス」のコーチとして、3ヶ月後にクロアチアで開催される世界最大のLGBTQスポーツ大会「ゲイゲームズ」出場を目指すこと。パーティー好きで勝ち負けにこだわらない、一癖も二癖もあるメンバーが揃う弱小チームを鍛えるべく、悪戦苦闘するマチアスだったが...
 

review:

まず、この映画に出会ったことで「ゲイゲームズ」の存在を知ることができたことが大きい。Wikipediaによると「ゲイゲームズ(Gay Games)は、ゲイゲームズ連盟(GGF)によって夏季オリンピックの中間年に開催される同性愛者を対象とした総合競技大会。創設者はトム・ワデル博士。当初はゲイオリンピックの名称の予定だったが国際オリンピック委員会IOC)やUSOCがオリンピックの使用を禁じられたためゲイゲームズと名づけた。」とのこと。次回は2022年に香港で開催されるそうだが、開催が危ぶまれているらしく心配だ。
 
作品の中にも描写されているが、ググってみるととても自由で楽しそう。しかし同時に、日本語で紹介されているニュースやサイトが少ないこともに気付く。私もそうだったけれど、「ゲイゲームズ」そのものが日本人にはあまり知られていなさそうだ。今回の東京オリンピックでもトランスジェンダーの選手が出場して話題になり議論にもなったが、性別や性嗜好に関わらず、誰もが楽しめる世界大会があるといいなぁと思ったりする。
 
「シャイニー・シュリンプス」のメンバーも、ゲイゲームスに出場して楽しむことが一番の目的で、勝ち負けには執着していない。ゲイゲームスの会場に向かう道中もハチャメチャだしロマンスは生まれるし、明日は試合だと言うのにパーティー会場でハメを外して全力で楽しんでる姿が微笑ましい。っていうかパーティーの様子があまりにも楽しそうで、私もあそこに参加したいよ・・・。
 
この世の中でゲイとして生きていくことは、まだまだ、葛藤や厳しい現実もあるだろう。でも、それを吹き飛ばすようにその瞬間を明るく楽しむ彼らの姿にパワーをもらった気がする。物語は予想通りの展開だし、全体的に荒削りだし、ゲイの描き方もステレオタイプだったりするが、自身もゲイであるル・ギャロ監督がこの作品にこめた “たとえ現実が厳しくともユーモアが勝利する” という思いが、しっかりと描かれていたと思う。傑作とは言わないが、素敵な映画だった。
 

trailer:

【映画】ライトハウス

f:id:sal0329:20210801225532j:plain

映画日誌’21-28:ライトハウス
 

introduction:

『ムーンライト』『ミッドサマー』などエッジの効いた作品を世に放ち続けるスタジオ「A24」が、『ウィッチ』などのロバート・エガース監督と組んだスリラー。名優ウィレム・デフォーと、クリストファー・ノーラン監督『TENET テネット』で注目を集めたロバート・パティンソンを主演に迎え、19世紀のアメリカ・ニューイングランドの“ 絶海の孤島”にやってきた灯台守の運命を美しいモノクロームの映像で描く。第92回アカデミー賞で撮影賞にノミネートされた。(2019年 アメリカ)
 

story:

1890年代、ニューイングランドの孤島。4週間に渡って灯台と島の管理をおこなうため、2人の灯台守がやってくる。威圧的で支配的なベテランのトーマス・ウェイクと未経験の若者イーフレイム・ウィンズローは、そりが合わず初日から衝突を繰り返していた。険悪な雰囲気のなか、嵐によって2人は島に閉じ込められてしまう。孤立状態となった彼らは、次第に狂気に囚われていき...
 

review:

A24が『ウィッチ』のロバート・エガース監督に撮らせたとあっては観る以外ないのだが、やはり、この上なく悪い夢を観ているような映画体験で呆気に取られた。絶海の孤島に2人の灯台守がやってくるが、彼らを迎える陰鬱な空、荒れ狂う海は不吉なムードを漂わせ、響き渡る不協和音が心をざわつかせる。35ミリ白黒フィルムで撮影され、正方形に近い画面サイズで映し出されるモノクロームの映像は、その深い闇をいっそう際立たせる。
 
年老いたベテランのウェイクと新米のウィンズローは最初からソリが合わず、衝突しがちな2人の間にはぎくしゃくした緊張感が漂う。そして威圧的で支配的なウェイクに理不尽な重労働を課せられ、過酷な生活のなかでウィンズローが狂気に囚われていく様子が描かれる。が、そもそも最初から妄想と狂気と虚言が入り混じり、何が現実で何が真実なのかまるで分からなくなっていくのだ。
 
一度観た後に、公式サイトを含めいろんな解説を読んでみた。解説されると一気に面白さが押し寄せてくるあたり、モダンアートのインスタレーションのようでもある。1801年にイギリス・ウェールズで実際に起きた事件をベースにしたそうだが、エガース兄弟はよくこんな脚本を書いたものだと思う。幾重にも織り込まれた神話や古典文学のモチーフやメタファーを理解した上でもう一度観るか迷っているが、あの狂気と地獄をおかわりするのかと思うと気が重い。
 
ただ、この世に2つとないロバート・エガースの傑作であることは間違いなく、ウィレム・デフォーロバート・パティンソンの怪演も相俟って、今後も映画史のなかで語り継がれていくだろう。もし観るのなら、その前か後になんらかの解説を読むことをお勧めする。1人で観るのは気が重いが、みんなでああでもない、こうでもないって分析しながら観たら面白いかもなぁ。
 

trailer:

【映画】シンプルな情熱

f:id:sal0329:20210724222218p:plain

映画日誌’21-27:シンプルな情熱
 

introduction:

フランスの作家アニー・エルノーの自伝的なベストセラー小説をもとに、妻がいる年下のロシア人外交官との恋に身を焦がす女性教師を描いた恋愛ドラマ。レバノン出身のダニエル・アービッド監督が女性ならではの視点で、原作のスピリットを繊細かつ大胆に表現し、2020年カンヌ国際映画祭公式作品に選出された。『若い女』でリュミエール賞有望女優賞を受賞したレティシア・ドッシュが主演を務め、バレエ界の反逆者にして孤高の天才ダンサー、俳優としても注目を集めるセルゲイ・ポルーニンが恋人役を演じる。(2020年 フランス,ベルギー)
 

story:

パリの大学で文学を教えるエレーヌは、あるパーティでロシア大使館に勤める外交官アレクサンドルと出会う。エレーヌは彼のミステリアスな魅力に強く惹かれ、瞬く間に恋に落ちてしまう。今までと変わらない生活を送りながらも、自宅やホテルで逢瀬を重ね、心はすべてアレクサンドルにとらわれていた。年下で気まぐれ、既婚者でもあるアレクサンドルからの電話をひたすら待ちわびる日々を過ごすエレーヌだったが...
 

review:

「去年の9月から何もせず、ある男性を待ち続けた」と追想するエレーヌを嘲笑うことができる人は、恋に出会っていないのかもしれない。恋は人を愚か者にする。そこに理屈はない。ただそれだけのことを映し出した映画だった。年下男性との愛と性の実体験を赤裸々に綴り、アムールの国フランスの女性たちの深い共感を呼び、大ベストセラーを記録したアニー・エルノーの「シンプルな情熱」が原作だ。
 
恋に身をやつしたりするのが年取るごとにしんどくなり、もう面倒臭いからこのまま一人で平穏に暮らして恙無く人生が終わってくれたらいいや、と思っていた私ですら、若い頃には抗えない思いに身を焦がし、愚かしくひとつの思いに囚われていたこともあったような気がする。若気の至りとでも言うのか、そういう場合の相手は大抵ロクでもない部分があったりする。今思えば何故と思うけれど、そういうものだ。自分の思い通りにいかないから、囚われるのだ。
 
「世界一優雅な野獣」セルゲイ・ポルーニン(が演じるアレクサンドル)の魅力に囚われて自分を見失ったエレーヌは、実に愚かしい。子育てすら疎かになるその姿に共感できないばかりか、苛立つ人もいるだろう。でも、自分の「シンプルな情熱」の忠実な下僕となり、やがて解放されながらも生々しい「世界」と結びつくことができたエレーヌの姿は、どこか清々しい。その心情の移ろいや、感情の機微がリアルに描写されていたように思う。
 
Flying Pickets の Only You が甘い余韻を残し、まるでひとつの恋が終わったような感覚に陥る。と同時に、恋の高揚感とか幸福感とかヒリヒリした痛みだとか、そういうものに振り回されるのはもう2度とゴメンだと思ったりする。そして最後に、「世界一優雅な野獣」セルゲイ・ポルーニン が惜しげもなくモザイク無しで裸体を晒しており、白っ!てか皮!って思ったことと、彼の首にぶら下がってるコインが五円玉なのかどうかが気になって仕方がなかったことを記しておく。
 

trailer:

【映画】クローブヒッチ・キラー

f:id:sal0329:20210722213358p:plain

映画日誌’21-26:クローブヒッチ・キラー
 

introduction:

ゲティ家の身代金』『荒野にて』などで注目を集めるチャーリー・プラマー主演のサスペンススリラー。監督は新鋭ダンカン・スキルズ、脚本は『クラウン』などのクリストファー・フォードが手掛けた。『ザ・シークレット・サービス』や「アメリカン・ホラー・ストーリー」などのディラン・マクダーモット、『ブロークン・アロー』『愛と呼ばれるもの』のサマンサ・マシス、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』などのマディセン・ベイティらが出演している。(2018年 アメリカ)
 

story:

信仰を重んじる小さな町の、貧しくも幸せな家庭で暮らす16才の少年タイラー。ある日、ボーイスカウトの団長も務め、町でも信頼の厚い父親ドンのガレージに忍び込み、猟奇的なポルノや不穏なポラロイド写真を見つけてしまう。不審に思ったタイラーは調べを進めるうちに、10年前に起きた未解決事件「巻き結び(クローブヒッチ)連続殺人事件」の犯人が父親ドンなのではと疑念を抱くようになる。同じく事件を追う少女カッシに協力を求め、真相を究明しようとするが...
 

review:

クローブヒッチは「巻き結び」のこと。ある田舎町で10年前に起きた、未解決の連続殺人事件の犯人の特徴だ。つまらなくはないけれど、サスペンスやサイコスリラーと思って観ると肩透かしをくらう。真犯人をめぐってサスペンスフルな描写があるかと思っていたら、割とどストレートな展開で伏線の回収とかどんでん返しとか、ない。何のひねりもない。もしかしたらお父ちゃんがSM趣味のシリアルキラーかもしれない!と閉鎖的なコミュニティのなかで揺れ動くタイラー少年の心を捉えた青春ドラマ(なわけはないが)と思ったほうが、見応えがある。
 
典型的なバイブル・ベルトのキリスト教右派白人コミュニティが舞台だ。彼らはキリスト教原理主義で、共和党支持である。教会と家族を重視し、進化論や同性愛や人工妊娠中絶に反対し、フェミニズムへの反発、ポルノを含むカウンターカルチャーへの反発を唱え、徹底的に異端を排除する。SM趣味のポルノ写真が車の中から発見されようものなら、変態の烙印を押されて村八分。変態扱いされて失恋するわ、地元民に頼られてるお父ちゃんはど変態のシリアルキラーかもしれないわ、でタイラー少年の心は乱れまくりである。
 
少しだけ、ケヴィン・スペイシー主演の『アメリカン・ビューティー』を彷彿とさせる。本作で少女カッシを演じるマディセン・ベイティは、どことなく『アメリカン・ビューティー』のソーラ・バーチとムードが似ているし、「普通」の仮面をつけた気持ち悪い家族から、自分たちを解放しようとする男の子と女の子、という相違点がある。でも、『アメリカン・ビューティー』のような盛大なカタルシスが本作にはなかった。
 
比べるものではないと思うが、序盤はそれなりに面白かったので、終盤の凡庸さが残念。真犯人が自分の欲望を持て余し、それを何とか解消しようと一人で頑張ってる様子が一番面白かった。人にはそれぞれ、他人には計り知れない秘密があるものだ。何の変哲もないと思っているあなたのパートナーも、本当の性癖を隠して家庭生活を送っているかもしれないよ...。
 

trailer: