銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】アメリカン・ユートピア

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映画日誌’21-25:アメリカン・ユートピア
 

introduction:

2018年に発表されたアルバム「アメリカン・ユートピア」を原案にしたブロードウェイのショーを、『ブラック・クランズマン』でオスカーを受賞したスパイク・リーが完全映画化。元トーキング・ヘッズのフロントマン、デイヴィッド・バーンと11人のミュージシャンやダンサーたちが、お揃いのグレーのスーツに身を包み、裸足で舞台に上がり、配線を無くしたマーチングバンド形式で自由自在に動き回る。ワイルドでシンプルな伝説のショーが再構築された。振り付けはアニー・B・パーソン。ブロードキャスターピーター・バラカンが日本語字幕監修を担当。(2020年 アメリカ)
 

story:

2019年の秋、元トーキング・ヘッズデヴィッド・バーンによるブロードウェイの舞台が評判を呼ぶ。いま、世界で起きていることを表現したかったと語るバーンは、知人で映画監督のスパイク・リーに映像化の話を持ちかける。アルバム「アメリカン・ユートピア」から5曲、トーキング・ヘッズ時代の9曲など、全21曲を披露。冒頭では、プラスティックの脳を手にしたデヴィッドが登場。人間の脳の進化や、現代社会が抱えるさまざまな問題について語り始め、クライマックスでは、ブラック・ライブズ・マターを訴えるジャネール・モネイのプロテストソング「Hell You Talmbout」を熱唱する。
 

review:

実は数週間前に観たのだが、どうまとめたものかと考えあぐねていた。トーキング・ヘッズのフロントマンだったデイヴィッド・バーンが2019年に発表したブロードウェイのショーを奇才スパイク・リーが映画化したこの作品は、公開前から話題になっていたし、公開後もその魅力について熱っぽく語る人々がいたし、きっとずいぶんと面白いのだろう。少し迷ったが、余計なものを極限まで削ぎ落としたミニマムなステージに興味が沸いたので観に行った。
 
なぜ少し迷ったか。それは、「トーキング・ヘッズ」も「デイヴィッド・バーン」も、これまでの私に人生には存在しなかったからである。もちろん名前くらいは知っているが、自分が生まれる前に結成されたこのバンドに出会わなかったのだ。「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」の第100位ということは、古くからの熱狂的なファンも多いだろう。しかし、私は出会わなかったのだ・・・。と、長い言い訳を並べてみたが、要するに特に大きな感動はなかったのである。
 
そりゃもちろん面白かった。が、みんながカロリーを消費しながら良さを語るほどには、おそらく感動してないのである。「トーキング・ヘッズ」や「デイヴィッド・バーン」と出会っていたら、ライブで観たら、きっともっと面白いんだろうな。と、迫りくるはずだった感動の波をつかまえられなかった私は、エンドロールを眺めながらそんなことを考えていたのであった。まあ、私と同じことを思ったとて、こんだけファンが盛り上がっている状況でそれを口に出して言える人も少ないだろうから、「よくわかってない」代表として市中引き回しの上、晒し首になってやろうじゃないか。
 
それにしても、撮影と編集の技術はすごいものがあった。ライブ映像なのに、カメラの存在感がゼロ。どうやって撮ったんだろうってずっと考えてしまった。そしてプレイヤーが全員、ワイヤレスなのである。楽器がケーブルに接続されておらず、おそらくBluetoothでPAに出力されている。本来あるべき制約から解放されたマーチングバンドは、縦横無尽に、しかし整然とステージを動き回る。驚くべきチームワークで、一体感のあるステージが完成していく。ああ、そうだ、これは抜群にクールでカッコ良いのだ。晒し首になりながら、そんなことに気付いたりしたから許して。
 

trailer: 

【映画】ベル・エポックでもう一度

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映画日誌’21-24:ベル・エポックでもう一度
 

introduction:

行ってみたい時代や大切な思い出を映画撮影セットで再現する体験型サービスで、忘れがたい過去と再会した男性をめぐる人間ドラマ。監督・脚本は『タイピスト!』などで俳優としても活躍するニコラ・ブドス。『隠された記憶』などのダニエル・オートゥイユが主演を務め、『8人の女たち』などのファニー・アルダン、『セザンヌと過ごした時間』などのギヨーム・カネ、『ザ・ゲーム  赤裸々な宴』などのドリヤ・ティリエらが共演する。フランスのセザール賞脚本賞など3部門を受賞した。(2019年 フランス)
 

story:

かつては売れっ子のイラストレーターだったヴィクトルは、デジタル化していく社会の変化についていけず、仕事を失い、妻のマリアンヌからも見放されてしまう。息子は気落ちする父を元気づけようと、友人アントワーヌが始めた”タイムトラベルサービス”をプレゼントする。それは映画制作の技術を応用し、客が戻りたい過去を再現する体験型のエンターテイメントサービスだった。「運命の女性と出会った1974年のリヨンに戻りたい」とリクエストしたヴィクトルは、希望通りセットの中で”運命の女性”と出会うが...
 

review:

19世紀末から第一次世界大戦勃発までのパリが繁栄した華やかな時代、いわゆる「ベル・エポック」にタイムトラベルする物語かと思ってチェックしてたら、全然ちゃうやん・・・。「ベル・エポック」に惹かれがちな私としては少々萎えたが、「2019年にフランス本国で公開するや当時全世界でスーパーヒットを記録していた『ジョーカー』から興行ランキングの首位を奪って初登場第1位を成し遂げた」というので観てみることに。
 
なるほど、誰にとっても「古き良き時代」を再体験できる”タイムトラベルサービス”という設定がユニークでおもしろい。もし自分で申し込むならどこにしようかなぁと妄想してしまうが、戻りたい過去なんてないし青春もクソだったというタイプなので特に入り用ではない。が、時代に取り残されて仕事も妻も失ってしまった主人公ヴィクトルは「運命の女性と出会った1974年のリヨン」に戻ることを希望する。
 
そしてあろうことか、「運命の女性」を演じている女優マルゴに恋しちゃうのである。くたびれ老け込んでいたヴィクトルが青春と仕事を取り戻して若返り、生き生きし始めるのはいいんだけど、監督と女優の恋模様が何となく余計だし、妻や息子の存在も中途半端。ユーモアもあり退屈しないが、登場人物の誰にも共感できずに終わってしまった・・・。マルゴ役の女優さんがそんなに魅力的じゃない(個人の感想です)のが原因かも。70年代のファッションや街並み、フレンチカルチャーが再現されているのは楽しかったよ。
 

trailer:

【映画】ブラックバード 家族が家族であるうちに

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映画日誌’21-23:ブラックバード 家族が家族であるうちに
 

introduction:

ビレ・アウグスト監督によるデンマーク映画『サイレント・ハート』の脚本を担当したクリスチャン・トープ自らアメリカを舞台に移して脚色し、『ノッティングヒルの恋人』などのロジャー・ミッシェルが監督を務めた人間ドラマ。安楽死を選択した母と最後の時間を過ごす家族の姿が描かれる。『デッドマン・ウォーキング』のスーザン・サランドン、『愛を読むひと』のケイト・ウィンスレットというオスカー女優同士が共演し、『ジュラシック・パーク』シリーズなどのサム・ニール、『ボヴァリー夫人』などのミア・ワシコウスカらが脇を固める。(2019年 アメリカ,イギリス)
 

story:

ある週末、医師のポールとその妻リリーが暮らす海辺の邸宅に娘たち家族が集まってくる。病が進行し、体の自由が奪われていくリリーは安楽死を選択し、家族と最後の時間を一緒に過ごそうとしていたのだ。長女ジェニファーと夫マイケル、15歳の息子のジョナサン。長らく連絡が取れなかった次女アンナとオンオフと繰り返している恋人のクリス。そしてリリーの一番の親友リズがやってくる。ジェニファーは母の決意を受け入れているが、次女アンナは納得しておらず、一発触発のムードが漂う。平静を装いながら母リリーの願いである最後の晩餐を共にする彼らだったが...
 

review:

名優スーザン・サランドン演じる母の尊厳死と向き合う家族の物語だ。病名は語られないが、おそらくALS(筋萎縮性側索硬化症)なのだろう。じきに自発呼吸が難しくなるという局面で安楽死を望んだ母を看取るため、家族が集まり最後の週末を過ごす。すっかり貫禄がついたケイト・ウィンスレットのお尻に親近感を覚えつつ、ロジャー・ミッシェル監督の濃密な人間ドラマを堪能する。
 
長女ジェニファーは母リリーの選択を受け入れているが、心に闇を抱える次女アンナは母を失う覚悟ができない。母リリーはその週末「よき家族」を演出し、美しい思い出だけで旅立とうとしている。しかし遺される側の家族は、綺麗ごとだけではない現実を抱えて葛藤し、穏やかな死を望む母を目前に鬱憤をぶつけ合う。
 
脚本が秀逸だ。複雑な感情が渦巻く家族の人間模様が、静謐な語り口で描かれる。穏やかなタッチで淡々とした会話劇が続くが、不思議と中弛みせずに観ていられる。明かされていく家族の秘密と少しのユーモアが緩急とドラマをもたらし、思いがけない展開に息を呑んだりもする。こうしたドラマにありがちな説教くさいセリフがないところも良い。美しい海辺の風景に癒され、”Tonight You Belong to Me”のメロディが心に深い余韻を残す。いい映画だった。
 

trailer:

【映画】5月の花嫁学校

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映画日誌’21-22:5月の花嫁学校
 

introduction:

フランスを代表するオスカー女優ジュリエット・ビノシュが、1960年代フランスの小さな村にある花嫁学校の校長を演じたコメディ。『ルージュの手紙』などのマルタン・プロヴォが監督・脚本を務める。『セラフィーヌの庭』などのヨランド・モロー、『カミーユ、恋はふたたび』などのノエミ・ルヴォウスキーらが共演し、本年度セザール賞助演女優賞にそれぞれノミネートされた。(2020年 フランス)
 

story:

1967年。美しい街並みとぶどう畑で有名なフランスのアルザス地方にあるヴァン・デル・ベック家政学校に、18人の少女たちが入学した。校長のポーレットは、迷信を信じる修道女マリー=テレーズ、義理の妹で料理長のジルベルトとともに彼女たちを迎え入れる。ある日、経営者である夫ロベールが莫大な隠れ借金を遺して急死。ポーレットは学校が破産寸前であることを知り、何とか窮地を抜け出そうを奔走する。そんな中、パリで5月革命が起き...。
 

review:

革命の国フランスの「自由、平等、博愛」は男女にかかわらず与えられたものかと思いきや、フランス女性が強くなったのは「Mai 68(1968年の5月革命)」以降だと言う。フランス映画に出てくる恋愛至上主義でエモーショナルで主張がハッキリした強い女性像(これもきっとステレオタイプだが)からは想像もつかないが、それ以前は、封建的な家父長制のもとで子を産み夫を支えるのが美徳とされ、夫の承諾無しでは貯金すら下ろせなかったという。
 
女性が抑圧されていたのは地球規模だったんだなぁ。そんな当たり前のことを目の当たりにさせられる本作は、5月革命前夜、美しい街並みとぶどう畑で有名なアルザス地方の花嫁学校が舞台だ。ピンクのスーツで身を固めたポーレット校長を演じるジュリエット・ビノシュが、前時代的価値観の「女性としての幸せは良妻賢母説」を力説するが、もはや完全にギャグである。
 
そのほか、「迷信を信じる一方で、戦時中はレジスタンスとして戦った熱き修道女」「夢見る少女のまま中年になったギックリ腰気味の料理の先生」という濃いキャラクターが脇を固めており、随所で笑わせてくれる。夫を亡くしたポーレットさん、第2次世界大戦で死に別れたはずの恋人アンドレとの焼け棒杭に火が付き、いい大人が草原を追いかけっこしてるのもギャグだろう・・・。
 
しかし、学校再建のために経営を学ぶうちに、亡き夫がいかに旧弊な価値観で自分や妹を「家」に縛り付けてきたかに気付いたポーレット。女性解放運動の風を感じ始めていた生徒たちの行動に触発され、自分らしい生き方に目覚めていく。ふいに扉が開く。女性が解放されていくメタファーがいい。女たちが自由に生きる権利を全身でのびやかに宣言する、ラストシーンが突拍子もなくていい。
 
5月革命は、人々の装いを変え、フランスを変えた。作品に登場する花嫁学校は数多あったが、1968年5月以降に存続したものが一つもないそうだ。こうして闘ってきた女性たちがいて、今がある。そして本当の多様性が求められている今だからこそ、改めてその歴史に触れ、エンパワーメントされたい。素敵な映画であった。
 

trailer: 

【映画】ローズメイカー 奇跡のバラ

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映画日誌’21-21:ローズメイカー 奇跡のバラ
 

introduction:

『大統領の料理人』『偉大なるマルグリット』などの大女優カトリーヌ・フロ主演のドラマ。倒産寸前のバラ園を営む女性が、素人集団と一緒に世界最高峰のバラ・コンクールに挑む姿を描く。監督・脚本は、短編映画“Les Miettes”がカンヌ国際映画祭批評家週間に出品され、セザール賞短編映画賞を始め数々の栄えある賞を受賞したピエール・ピノー。これが2作目の長編監督作品となる。インディーズ系ラッパーのメラン・オメルタ、『パリの家族たち』などのオリヴィア・コート、『パリ・エキスプレス』などのファツァー・ブヤメッドらが出演。(2020年 フランス)
 

story:

フランス郊外で父が遺した小さなバラ園を経営するエヴ。優秀なバラ育種家として活躍し数々の賞を獲得してきた彼女だったが、数年前から巨大企業のラマルゼル社に賞も顧客も奪われ、バラ園は倒産寸前だった。何とか立て直そうとしている助手のヴェラが、職業訓練所から格安で前科者のフレッド、定職に就けないサミール、異様に内気なナデージュを雇うが、バラの知識など皆無の3人は足手まといに。そんな中、新種のバラの交配を思いついたエヴは、バガテル新品種国際バラ・コンクールに挑むことを決心するが……
 

review:

フランスの大御所カトリーヌ・フロ演じる、才能あるバラ育種家エヴが父から譲り受けた小さなバラ園は、倒産寸前。そこに、社会からちょっとはみ出してしまった3人が職業訓練所からやってくる物語だ。色、かたち、香り、種としての強さ、バラの究極の美に情熱を傾けるプロフェッショナルの仕事を映し出しながら、格差社会育児放棄などによって世間から見放されそうになっている人々が人生を再起させようと奮闘する様子を、ユーモラスに描く。
 
フランスの超一流ローズブランドであるドリュ社、メイアン社のスペシャリストが完全監修しているとあって、エヴのような小さなバラ園から大企業のバラ工場の実態、世界にひとつだけの新しいバラが誕生するまでの交配と栽培の過程、パリのバガテル公園で開催される世界最高峰のコンクールが忠実に再現されており、それだけでも見応えがある。バラの新種って、あんな風に作られているんだなぁ。職人さんの世界が覗けそうな映画は、つい観てしまう。
 
序盤で、まさかのクライムサスペンス!?というような展開があったりするのもご愛敬。前科者のフレッドとエヴが、少しずつ心を通わせていくさまも心温まる。が、どうせなら、他の二人や助手のヴェラ、一人一人の背景をもう少し掘り下げてほしかったなぁ。エヴと巨大企業ラマルゼル社にも深い因縁がありそうだし、そのあたりを描写してくれたら、もっと奥行きが出て楽しめたような気がする。とは言えバラ園の日々は美しく、そこで働く人々の心の交流がとても素敵な作品であった。バラが好きな人にはおすすめ。
 

trailer: 

【映画】ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから

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映画日誌’21-20:ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから
 

introduction:

あしたは最高のはじまり』のユーゴ・ジェラン監督が『エール!』製作陣と再度タッグを組み、最愛の人が自分を知らないもう一つの世界に迷い込んだ男の顛末を描いたラブストーリー。『私の知らないわたしの素顔』『パリのどこかで、あなたと』などのフランソワ・シヴィルが主演を務め、『マンク ~破戒僧~』などのジョセフィーヌ・ジャピ、『不実な女と官能詩人』などの喜劇俳優バンジャマン・ラヴェルネらが脇を固める。(2019年 フランス,ベルギー)
 

story:

高校時代に一目惚れで恋に落ち、結婚したラファエルとオリヴィア。結婚10年目を迎え、子どもたちに人気のSF作家となり多忙な毎日を送るラファエルと、小さなピアノ教室を運営するオリヴィアの夫婦生活はすれ違ってしまっていた。ある日、オリヴィアの我慢が限界に達し、二人は大喧嘩に。その翌朝、見覚えのない部屋で目を覚ましたラファエルは、自分が卓球好きの冴えない中学教師になってしまっていることに気付く。そこは、ラファエルのことを知らないオリヴィアが人気ピアニストとして活躍している「もう1つの世界」だった。
 

review:

「一番大切な人に出会わなかったら、人生はどうなっていたのだろう?」という、ユーゴ・ジェラン監督のふとした発想から、10年かけてプロットを組み上げたんだそうだ。しかも、『アバウト・タイム』超えのロマンティック・ファンタジック・コメディだと・・・?ということで観に行ったんだと思う。何で観に行ったんだっけ、と観終わったあとに思ったので書いておく。
 
成功して万能感に酔いしれている男が、糟糠の妻のありがたみを忘れて天狗になってたら、妻との立場が逆転している上に自分の存在すら知らない、とういパラレルワールドに迷い込み、問題の認識、原因調査と分析、解決策の立案、解決策の実行という流れで元の世界に戻ろうと奮闘するドタバタコメディである。
 
高校で出会い、魔法にかかったみたいに恋に落ちる様子や、恋に落ちた(しかも、本作をきっかけに交際に発展した)二人がキャッキャウフフしてる様子が何ともかわいらしく、微笑ましい。とにかくジョセフィーヌ・ジャピがかわいい。そんな蜜月を過ごした二人が、ラファエルがSF作家として成功したことですれ違っていく様子がテンポよく描かれる序盤は結構楽しい。
 
パラレルワールドにおけるラファエルのやもめ暮らしが野暮ったいのも笑える。元々いた世界での、都会的な部屋の素敵な暮らしは彼女のセンスによって形作られてきたものであるし、イケてる!って勘違いしていた自分は、彼女がいたから完成したものであろう。自分を形作ってきた大切な誰かの存在が一人欠けただけでも、人生は大きく変わってしまう。
 
そんなことを思い知りながら一番大切なものに辿り着くラファエルなのであるが、序盤のキレの良さと比較して、後半は失速感が否めず。題材は悪くないし、二人が過ごすフランスの田舎の風景は美しいけれど。もはや、親友と組んでる卓球ペアのユニフォームのことしか覚えてないよ。「南葛」って翼くんですやん・・・。というわけで、個人的に『アバウト・タイム』超えは無し。でも、パートナーの存在を前より大切にできてないことに自覚がある人は、身につまされに行きなさい。
 

trailer:

【映画】ファーザー

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映画日誌’21-19:ファーザー
 

introduction:

日本を含め世界30カ国以上で上演された舞台「Le Pere 父」を映像化した人間ドラマ。名優アンソニー・ホプキンスが老いによって記憶を失っていく父親を演じ、『羊たちの沈黙』以来2度目のアカデミー主演男優賞に輝いた。原案の戯曲を手掛けたフロリアン・ゼレールが監督を務め、『危険な関係』の脚本家クリストファー・ハンプトンとともに共同脚本を手掛けた。『女王陛下のお気に入り』でアカデミー賞を受賞したオリヴィア・コールマン、『SHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁』などのマーク・ゲイティスや、『ビバリウム』などのイモージェン・プーツらが共演する。第93回アカデミー賞で作品賞、主演男優賞、助演女優賞など計6部門にノミネートされ、主演男優賞のほか脚色賞を受賞した。(2019年 イギリス,フランス)
 

story:

ロンドンで独り暮らしをしている81歳のアンソニーは、認知症により少しずつ記憶が曖昧になってきていたが、娘のアンが手配した介護人を拒否してしまう。そんな折、アンから新しい恋人とパリで暮らすことを告げられショックを受ける。しかしアンソニーの自宅には、アンと結婚して10年以上になると語る見知らぬ男が現れ、ここは自分とアンの家だと主張する。そしてもう一人の最愛の娘、ルーシーの姿が見当たらない。混乱を深めていくアンソニーだったが、ある真実にたどり着く。
 

review:

2021年のアカデミー賞は、先日逝去したチャドウィック・ボーズマンの受賞が有力視されていた主演男優賞の発表が最後に回され、ボーズマン追悼のムードが高まるなか、アンソニー・ホプキンスの名前が読み上げられるという番狂わせが起き騒然となった。しかも当の本人は会場にもオンライン上にも姿を見せておらず、受賞者のスピーチ無しという尻すぼみな幕切れ。映画芸術科学アカデミー、何でそんな余計な演出したんや。何となくアンソニーが気の毒になってしまうが、何はともあれ名優アンソニー・ホプキンスに史上最高齢で主演男優賞を獲らせた作品である。
 
一言で言うと、すごい映画だった。認知症になっていく父と娘の家族ドラマだと思ったら大間違い。涙が止まらないという謳い文句は適当じゃない。認知症本人の視点で描く画期的表現によって、観客に認知症を擬似体感させるサスペンスホラーであり、その現実を目の当たりにした私たちは茫然自失となり、涙など出ないのである。劇場に行く前に何となくそういう映画であることは認識していたけれど、想像以上の衝撃だった。ロリアン・ゼレールは本作が長編映画監督​デビュー作とのことだが、その手腕に脱帽する。
 
81歳のアンソニー、長女のアン、アンの夫と名乗る男、新しい介護士、アンになりすます見知らぬ女、突然現れた謎の男。この登場人物たちが、アンソニーが自分のフラットだと思っている家のなかに現れては消え、同じ会話を何度も繰り返す。同じ線上にあるはずの時間軸と記憶が断片化してつぎはぎになり、どんどん辻褄が合わなくなっていく。今がいつで、どこにいるのか、目の前の人間が誰なのか、何が真実で何が妄想なのかすら分からない。しかも物語が進行するにつれ少しずつ室内の様子や調度品が変化し、観ている私たちも空間と時間の感覚がおかしくなって混乱し、困惑する。
 
ともかくも脚本が秀逸で、伏線が張り巡らされた巧妙な物語に翻弄され続ける。観終わったあとに冒頭から見直したい衝動に駆られるが、もう一回観るのはしんどい。認知症患者本人の恐怖や不安を体験することも然りだが、長女アンの苦悩や葛藤、周囲の苛立ちや戸惑い、すべてにシンクロして激しく心を揺さぶられてしまうのだ。本作におけるアンソニーの仕事は本当に見事であったし、父親への愛憎のはざまで揺れ動くアンを体現したオリヴィア・コールマンの演技も本当に素晴らしかった。でも、もう一回観るのはしんどい。
 
ああ、祖母はこんな世界を見ていたのかと。20年前に他界した祖母のことを思い出し、もしあの時このことが分かっていればもっと寄り添えたのかもしれない、と詮無いことを考える。いまや5人に1人が認知症を発症する可能性があり、これが自分自身や身近な人に訪れるかもしれない未来なのだとしたら。いま、絶対に観るべき映画だと言っておきたい。
 

trailer: