銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ウインド・リバー

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-51
 

うんちく

脚本家として『ボーダーライン』『最後の追跡』など現代アメリカの辺境を探求する作品を世に送り出し、高い評価を得ているテイラー・シェリダン。その最終章として、シュリダン自らメガホンを取り、ネイティブアメリカンの保留地を舞台にしたクライム・サスペンスを完成させた。『アベンジャーズ』シリーズや『メッセージ』などのジェレミー・レナー、『マーサ、あるいはマーシー・メイ』などのエリザベス・オルセンらが出演。第70回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門にて監督賞を受賞している。わずか全米4館の限定公開だったが、評判がSNSや口コミで広まり公開4週目には2095館へと拡大。興収チャート3位にまで昇りつめ、6週連続トップテン入りのロングラン・ヒットを記録した。
 

あらすじ

アメリカ中西部・ワイオミング州にあるネイティブアメリカンの保留地ウインド・リバー。その深い雪に閉ざされた山岳地帯で、ネイティブアメリカンの少女ナタリーの死体が発見される。第一発見者となった野生生物局のベテランハンター、コリー・ランバートは、部族警察長ベンとともににFBIの到着を待つことに。しかし、猛吹雪に見舞われ予定より大幅に遅れてやってきたのは、新米の女性捜査官ジェーン・バナーただひとりであった。遺体発見現場に案内されたジェーンは、あまりにも不可解な状況に驚く。現場から5キロ圏内には民家がひとつもなく、ナタリーはなぜか薄着で裸足だった。検視の結果、レイプされた痕跡はあるものの、直接の死因はマイナス30度の冷気を吸い込みながら走ったことによる肺出血と断定される。殺人事件としてFBIの専門チームを呼ぶことができなくなったジェーンは、保留地の地形や事情に精通したコリーに捜査の協力を求めるが...
 

かんそう

激しく心を揺さぶられたこの作品を出来るだけたくさんの人に観て欲しいと思っているが、その前に、ネイティブアメリカンの保留地"ウインド・リバー"について知っておく必要がある。アメリカ中西部ワイオミング州にある厳寒の山岳地帯だ。1790年から1834年にかけて可決された「インターコース法」によって、東部の豊かな土地を所有していた先住民部族の多くが、西部の土地へ強制移住させられ、不毛の荒野で農業に従事させられた。そのうえ彼らが受け取るはずの年金や食糧は保留地監督官らに横領されていたため、彼らは常に飢餓状態だったという。現在もほとんどの保留地は産業を持てず、人々は貧困にあえいでいる。条約規定に基づいた僅かな年金が支給されるため、それに頼って自立できない人も多く、ウインド・リバーの失業率は80%と高い。後にも先にも希望などない状況で、ドラッグやアルコールへの依存症率も高く、平均寿命は49才、10代の自殺率は全米平均の2倍以上。そして先住民居留地として部族自治権が与えられているため、連邦政府の管理が及ばない。部族警察とよばれる独自の警察組織があるが、鹿児島県ほどの広さがあるにも関わらず警察官はたった6人しかおらず、犯罪が横行する無法地帯となっている。本作は、この”見捨てられた土地”で起きた殺人事件を通して、入植してきた白人社会による搾取、ネイティブアメリカンの伝統文化の否定と強制的な同化、色濃く残る人種差別や性差別など、これまで誰も直視しなかったアメリカ社会の闇と対峙する。「この作品は成功しようが失敗しようが、作らなければならない映画だった。そして、苦しみを背負ったネイティブアメリカンの友人たちに対する敬意という点から、何を語り、どう語るべきか、僕が完全な責任を負わなければならない映画だった。」とシェリダンが自ら監督を務めた理由を語っている。クライム・サスペンスとしても非常に見応えあるものとなっており、ミステリー仕立てのスリリングな展開からひとときも目が離せない。また、心に傷を抱えた孤高のハンターを演じたジェレミー・レナーを筆頭に、俳優陣の演技も素晴らしい。150年間、この厳寒の土地に閉じ込められてきたネイティブアメリカンの静かな怒りが、娘を奪われた父親と母親の慟哭となって胸に迫ってくる。いつまでも心に痛みが残る、とても辛い映画体験だった。