銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】家に帰ろう

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-01
『家に帰ろう』(2017年 スペイン,アルゼンチン)
 

うんちく

ホロコーストを生き抜いたユダヤ人の老人が、友人との約束を果たすためアルゼンチンから故郷ポーランドへ旅する姿を追ったロードムービー長編映画の監督作はこれが2作目となるパブロ・ソラルスが、自身の祖父の家が「ポーランド」という言葉がタブーであったことに発想を得て、自ら脚本・監督を務め、完成させた。『タンゴ』などのミゲル・アンヘル・ソラ、『シチリア!シチリア!』などのアンヘラ・モリーナが出演。各国の映画祭で絶賛された。
 

あらすじ

アルゼンチンのブエノスアイレスに住む88歳の仕立屋アブラハムは、自分を老人介護施設に入れようとしている家族から逃れ、スペイン・フランスを経てポーランドへと向かうための旅に出る。その目的は、第2次大戦中のホロコーストから逃れたアブラハムを助け、匿ってくれた命の恩人である親友に会い、自分が仕立てた「最後のスーツ」を渡すことだったが...
 

かんそう

2019年最初の映画は、これまでに見たことのない切り口で語られるホロコースト。監督のパブロ・ソラルスが、自らのルーツと向かい合った作品である。彼は6歳のときに「ポーランド」という単語を初めて聞き、父方の祖父の家でその“悪い言葉”は禁じられていること、同時に自分がユダヤ人であることを知ることになる。一族の集まりのときに誰かがその言葉を口にした途端、その場に流れた緊迫した沈黙と、祖父が見せた憎しみの表情を思い出す度、怖れを抱きながら育ったそうだ。重く暗いテーマでありながら、ユーモアと皮肉を交えながら軽やかに描く。回想のシーンは最小限であり、戦争の凄惨さは間接的に描かれるが、ドイツはもちろん、祖国の名前である「ポーランド」を決して口に出せないほどの怒りと哀しみ、そして憎しみとは、想像を絶する痛みである。心身に深い傷を負った戦争経験者の命がある限り、その痛みは続く。戦争は終わっていないのだと思い知らされる。「聞いた話ではない、この目で見たことだ」というアブラハムの言葉は、あまりにも重い。ブエノスアイレスからマドリッドに飛び、マドリッドからパリ、そしてポーランドへ。70年前の忌まわしい記憶を背負ったアブラハムの心を溶かす、優しさに溢れた悲喜こもごもの鉄道の旅は、優れた脚本、印象深い俳優たちの演技、哀愁漂うイディッシュ音楽に彩られた素晴らしい作品であった。