銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ハウス・ジャック・ビルド

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-37
『ハウス・ジャック・ビルド』(2018年 デンマーク,フランス,スウェーデン)
 

うんちく

奇跡の海』や『ダンサー・イン・ザ・ダーク』で高く評価され、その一方で『アンチクライスト』や『ニンフォマニアック Vol.1/Vol.2』などあらゆるタブーを大胆に切り取った挑発的な作風で物議を醸してきた、鬼才ラース・フォン・トリアーが放つサイコスリラー。理性と狂気が平然と共存したシリアルキラーの内なる葛藤と欲望を、サディスティックに映し出す。主演は『ドラッグストア・カウボーイ』『クラッシュ』などのマット・ディロン。『ベルリン・天使の詩』『ヒトラー ~最期の12日間~』の名優ブルーノ・ガンツ、『パルプ・フィクション』『キル・ビル』などのユマ・サーマン、『アンダー・ザ・シルバーレイク』のライリー・キーオ、『ドッグヴィル』のジェレミー・デイヴィスら個性的なキャストが脇を固める。
 

あらすじ

1970年代、ワシントン州。建築家になることを夢見るハンサムな独身の技師ジャックはある日、車が故障し立ち往生している女性に助けを求められる。ジャックは彼女を車に乗せ修理工場まで送るが、無神経で挑発的な発言を繰り返す彼女に怒りを募らせた彼は、勢いで女性を殺してしまう。それをきっかけに、アートを創作するかのように殺人に没頭するようになってしまったジャック。5つのエピソードを通じて明かされる、彼が “ジャックの家”を建てるまでの12年間とは…。
 

かんそう

ダンサー・イン・ザ・ダーク』で世界中を憂鬱にしたデンマークの異端児ラース・フォン・トリアー。私も入り口は『ダンサー・イン・ザ・ダーク』だったが、それよりも更に救いのない『奇跡の海』で絶望の淵に叩き落とされた。『ドッグヴィル』などの実験的な作品にも圧倒されたし、『ニンフォマニアック Vol.1/Vol.2』などのタブーを描いた挑発的な作品にも大いなる刺激を受けた。が、彼の作品群のうち、理解できずに退屈してしまうものがあるのも事実だ。さて、ナチスを擁護するような発言が問題視されカンヌから追放されていたトリアーは、本作のアウト・オブ・コンペティション部門出品で7年ぶりのカンヌ復帰を果たした。しかし公式上映の際、あまりにも過激で残虐な描写に途中退出者が続出。一方で上映後は盛大なスタンディングオベーションが起き、会場は賛否両論の異様な興奮に包まれたそうだ。なお、アメリカでは業界団体MPAAの審査によって修正版のみ正式上映が許可されたが、日本では無修正完全ノーカット版がR18+指定で公開されることになった。トリアー作品に歪んだ愛情を抱いているファンとしては、それがどんなものだったのか興味津々だったし、本作の公開を心待ちに待っていたものだ。「ジャックが建てた家」を中心に一見関係無さそうな出来事が連なり、一節ごとに歌詞が長くふくらんでいくマザーグースの積み上げ歌『This is The House That Jack Built』から名付けられたタイトルの通り、ジャックが追い求める「理想の家」に、彼が積み重ねた殺人が集約していく。ブルーノ・ガンツ演じる”ヴァージ”の登場によって、ジャックが辿る運命はダンテ「神曲」になぞらえたものと分かるが、日本で生まれ育った人間に、作品が孕む宗教観を理解するのは難しい。劇中にジャックが敬愛するピアニスト、グレン・グールドの演奏風景、デヴィッド・ボウイの「フェイム」が繰り返し登場するのが印象的だ。芸術や音楽の引用によるメタファーがふんだんに盛り込まれているが、これまた難解だ。確かに中盤まで面白く(という表現が憚られるが)観たが、如何せん冗長に感じて退屈する。しかし「世界で最もセンセーショナルな鬼才が、キャリアの集大成のごとく打ち立てた“神をも恐れぬ”衝撃と戦慄の大長編」であることは間違いない。好む、好まざるに関わらず。ラース・フォン・トリアが、自分自身を映し出しただけのことだ。