銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】母との約束、250通の手紙

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 映画日誌’20-09:映画/母との約束、250通の手紙

 

introduction:

フランスを代表する伝説的文豪ロマン・ガリの自伝小説「夜明けの約束」を映画化した伝記的ドラマ。激動の時代に翻弄されながらも強い絆で結ばれた母と息子の半生を描く。監督は『蛇男』などのエリック・バルビエ。『イヴ・サンローラン』などのピエール・ニネ、『アンチクライスト』などのシャルロット・ゲンズブール、『マダムと奇人と殺人と』などのディディエ・ブルドンらが共演。第43回セザール賞で主演女優賞など4部門にノミネートされた。(2017年 フランス,ベルギー)
 

story:

シングルマザーとして息子ロランを育てるユダヤポーランド人移民のニーナ。思い込みが激しく負けん気が強い彼女は、息子がフランス軍で勲章を受けて外交官になり、大作家になると信じてその才能を引き出すことに命を懸けていた。母と共にロシア、ポーランド、ニースに移り住んだロマンは、母の過剰な愛と重圧にあえぎながらも、母の願いを叶えるべく努力を重ねていく。やがて成長したロマンは自由フランス軍に身を投じ、母からの激励の電話や手紙を支えにパイロットとして活躍する。同時に念願の小説が出版され、作家デビューを果たすが...
 

review:

ロマン・ガリを初めて知った。私が外国文学に精通していないから、という単純な理由かと思ったが、どうやら日本ではあまり知られておらず、現在国内市場で彼の翻訳本を手に入れることは簡単ではない。とは言え彼は、ロマン・ガリ名義とエミール・アジャール名義で2度ゴンクール賞を受賞した、フランスを代表する作家である。ゴンクール賞はフランスで最も権威のある文学賞のひとつ。受賞するのは生涯に一度という規則があるにも関わらず、ペンネームを使って正体を明かさずに受賞したのだ。しかしそんなエピソードが些細なことに思えるほど、ガリの生涯は波乱万丈で数奇なものであった。1914年、ロシア帝国領ヴィリナ(後にポーランドヴィルノ、現在はリトアニア共和国の首都ヴィルニュス)で生まれたロマン・ガリ。雪が降りしきる中、生活のため帽子の行商をしている母親のニーナの姿が印象的だ。その後、フランス・ニースに移り住んだ母子は、陽光溢れる海辺の街で比較的幸せな時期を過ごす。っていうか、母ニーナの商才がすごい。ヴィリナでは自分の洋装店を(嘘だけど)ブランディングして貴婦人たちの心を掴み、マーケティングに長けている。商才を見込まれ経営を任されたニースのホテルも、地元の人に愛される場所に育てあげた。おそらく彼女は頭が良く、相当な切れ者だったのだろう。ただ、時代世相が彼女の立身出世を阻んだ。ニーナは叶えられることのない夢と野望を何もかも、息子に託したのかもしれない。息子がフランス軍で勲章を受けて外交官になり、そのうえ大作家になると本気で信じ、毎日毎日呪文のように唱えていたのだ。こわいよー。今の言葉で言うなら「毒親」だ。名前を何度も変えたガリの歪んだアイデンティティは、そこに由来するような気がする。ただ、母親からの過度な期待という重圧があっても、その個性と才能が潰されることなく如何なく発揮され、例え素性を隠しても世間に認められるものに昇華した、ということには驚きを禁じ得ない。Wikipediaに「フランスの小説家、映画監督、外交官」の記載があるってことは、ロマン少年、母の願いを全部叶えたのである。母ニーナの深い深い、狂おしいほどの愛があり、それを受け止める息子の愛があったのだ。そんな肝っ玉母さんニーナを、かつての『なまいきシャルロット』が全身全霊で演じていることも感慨深い。ロシア、ニース、ロンドン、アフリカ、そしてメキシコと世界を旅するような映像も見応えがあり、実話とは思えないほどドラマに満ちたガリの半生が興味深く、文学的で奥行きのある作品となっている。素晴らしい映画体験であった。
 

trailer: