銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】バハールの涙

 劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-05

『バハールの涙』(2018年 フランス,ベルギー,ジョージア,スイス)
 

うんちく

イラククルド人自治区で起きた過激派組織ISによるヤズディ教徒襲撃に着想を得て、ISの捕虜となった息子を奪還するため銃を取り最前線に身を投じるクルド人女性と、戦地で取材を続ける片眼の戦場記者の姿を映し出したドラマ。『青い欲動』などのエバ・ウッソン監督が、自ら前線と難民キャンプで取材し、実際にそこで出会った女性戦闘員たちの証言をもとに描いている。主演は『パターソン』などのゴルシフテ・ファラハニ、『モン・ロワ 愛を巡るそれぞれの理由』などのエマニュエル・ベルコ。2018年・第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作品。
 

あらすじ

女性弁護士のバハールは愛する夫と息子とともに幸せな生活を送っていたが、ある日クルド人自治区の街で過激派組織ISの襲撃を受け、全てを失う。男性たちは皆殺しにされ、女性たちは性奴隷として売買を繰り返され、息子たちは戦闘員育成の施設に入れらてしまう。そして数ヶ月後、バハールはISから息子を取り戻すため、女性武装部隊“太陽の女たち”を結成し、リーダーとして内戦の最前線にいた。そして片眼の戦場記者マチルドは彼女たちと行動を共にし、その戦いの様子を記録していた。
 

かんそう

2018年ノーベル平和賞を受賞したナディア・ムラド氏の存在によって、イラククルド人自治区で起きた悲劇は、より多くの人が知るところとなった。著書『THE LAST GIRL イスラム国に囚われ、闘い続ける女性の物語』でその壮絶な体験が明かされている。過激派組織ISは、異教徒であるヤズディ教徒の村を襲い、男と年老いた女性を虐殺し、若い女性と子供たちを拉致。未婚の女性たちは性奴隷にし、子供たちを洗脳してISの戦士にするためだ。彼女たちは奴隷として市場で家畜のように何度も売買され、集団レイプされる。婚前交渉がタブー視されているイラク社会で「処女」としての価値を失うことが、彼女たちにとってどれほど絶望的なことか。本作では、かつてのムラド氏と同じ境遇に陥るバハールたちの受難の物語と、立ち上がって女性武装部隊を結成し、IS本部への襲撃と一人息子の奪還を目指す姿が交互に活写される。深い哀しみを湛えたゴルシフテ・ファラハニの瞳、全身全霊でバハールの絶望と怒りを体現したその演技が素晴らしかった。また、彼女に随行して真実を伝えようと奮闘する女性ジャーナリストのマチルドを演じたエマニュエル・ベルコの存在も作品に奥行きを出している。マチルドのモデルは、片眼を失明しPTSDを患いながらも世界各地の紛争を報道し続けたメリー・コルヴィン、ヘミングウェイの3番目の妻で従軍記者として活動したマーサ・ゲルホーンとのこと。エンディングでマチルドが語る「人が信じたいのは夢や希望。悲劇から必死に目を背けたがる。真実の影響力はワンクリックで終わり。それでも真実を伝えたい」という言葉が心に刺さる。今この世界で起きているこの真実から目を背けず、隣人について知ることが大切だ。それを伝えることが、映画が持つ役割のひとつだろうと私は思う。なお、『バハールの涙』という何とも弱々しい邦題に相反して、原題は『GIRLS OF THE SUN』である。男からの理不尽な暴力に屈せず、立ち上がり前を向き、「女、命、自由の時代」と自らを奮い立たせるように歌う彼女たちにふさわしい。傑作。