銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ドッグマン

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-47
『ドッグマン』(2018年 イタリア,フランス)

 

うんちく

カンヌ国際映画祭の審査員特別グランプリに輝いた『ゴモラ』『リアリティー』などで知られるイタリアの鬼才マッテオ・ガローネ監督が、1980年代のイタリアで起きた殺人事件をモチーフに描いたドラマ。ガローネ監督に見出された無名の俳優マルチェロ・フォンテが主演を務め、『神様の思し召し』のエドアルド・ペッシェ、ドラマシリーズ「SUBURRA -暗黒街-」などのアダモ・ディオニージらが出演している。イタリアのアカデミー賞にあたるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で、作品賞・監督賞を始めとする最多9部門を制し、主演のマルチェロ・フォンテが第71回カンヌ国際映画祭で主演男優賞を獲得した。
 

あらすじ

イタリアのさびれた海辺の町で、犬のトリミングサロン「ドッグマン」を営むマルチェロ。大好きな犬の世話をしながら、愛する娘との時間を大切にし、地元の仲間たちと食事やサッカーを楽しみ、ささやかながら幸せな生活を送っていた。だがその一方で、暴力的な友人シモーネに利用され、支配される関係から抜け出せずにいた。そんなある日、シモーネから持ちかけられた儲け話を断りきれなかったマルチェロは、その代償として仲間たちの信用とサロンの顧客を失い、娘とも会えなくなってしまう。平穏な日々を取り戻そうと考えたマルチェロは、驚くべき計画を立てるが...
 

かんそう

ガローネ監督がカンヌで絶賛された『ゴモラ』は2008年公開。そのころの私は引っ越したばかりの東京で仕事に追われていたため、私生活に関する記憶がすっぽりと抜け落ちており、自分映画史もその時期だけ空白になっている。よってガローネ監督作品を観るのは初めてだし、何なら初めて知った。さびれた街の、荒涼とした風景のなかを”ならず者”が傍若無人に振る舞うさまは、まるで西部劇のよう。この作品の舞台となった場所は、1960年代に栄えたのちゴーストタウン化した海辺の避暑地なんだそうだ。近未来か異世界を思わせるムード、そこはかとない無常感を漂わせ、独特の世界観を創り出すガローネ監督にふさわしいロケーションだ。知らんけどな。「イワンのばか」を思わせる極めて純朴愚直な男が、他人に自分を差し出しすぎて破滅していく。あまりにも不条理な人生だが、あるいは、共依存の成れの果てだ。この物語は、1988年にローマで起きた、ペットグルーマーが自分のサロンで友人を殺害した実話がベースになっている。加害者のピエトロ・デネグリが、元ボクサーのジャンカルロ・リッチに対して指や舌の切断、去勢や頭蓋骨切断など数時間に渡り拷問をおこなったと主張し、イタリア国内が騒然となった。のちに、実際にはそれほどの拷問はおこなわれていないことが判明しているが、凶行に走らせた動機は何だったのか。ピエトロは麻薬中毒者だったという。マルチェロも、ただ温厚で心優しいだけの男ではなく、同様に麻薬中毒であり、まるで何も考えずに強さに屈しているようでいて、その愚かな行動の端々に人間の浅はかな欲望が透けて見えるのが、この物語の何とも薄ら寒いところだろう。その顛末を眺める犬たちのまなざし。私も何かを目撃したのだと思う。記憶に残る映画体験だった。
 
極端なストーリーを通じて、私たちの誰もが抱いている不安、つまり私たちが生きるために日々行っている選択がどんな結果を招くのか、イエスと言い続けてきたことで最早ノーと言えなくなってしまっていること、自分が考える自分と真の自分との差異といった不安に、向き合わせてくれる映画です。こうした深い問い、一人の男の純真さの喪失へのアプローチにおいて、本作は教訓的ではなく“倫理的”で普遍的な映画だと私は思っています。——マッテオ・ガローネ