銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

映画:ミッドサマー

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映画日誌’20-11:ミッドサマー
 

introduction:

長編デビュー作『へレディタリー/継承』で注目されたアリ・アスターが監督と脚本を務めたスリラー。90年に一度の祝祭が行われる、スウェーデンの奥地を訪れた大学生たちが目の当たりにする悪夢を映し出す。主演は『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされた注目の若手フローレンス・ピュー。『シング・ストリート 未来へのうた』などのジャック・レイナー、『パターソン』などのウィリアム・ジャクソン・ハーパー、『デトロイト』などのウィル・ポールターらが共演。(2019年 アメリカ,スウェーデン)
 

story:

不慮の事故で家族を失ったダニーは、大学で民俗学を研究する恋人や友人たちと一緒に、スウェーデンの奥地に向かう。太陽が沈まない夏至におこなわれる「90年に一度の祝祭」に参加するため、留学生・ペレの故郷”ホルガ村”を訪れた5人は、美しい花々が咲き乱れ、優しい村人たちが陽気に歌い踊る楽園のような風景に魅了されてしまう。しかし祝祭が進むにつれ、村に不穏な空気が漂い始め、妄想やトラウマ、不安と恐怖に苛まれたダニーの心は次第にかき乱されていくが...
 

review:

気鋭の映画スタジオ”A24”が、またアリ・アスターにえらいもん撮らせてもうた。てかこれ、あかんやつや。まず、ルキノ・ヴィスコンティ監督『ベニスに死す』で世界を虜にしちゃった伝説の美少年ビョルン・アンドレセンの使い方な? かつての少女たちが卒倒するやん?と、きっと確信犯なのだろうと思いつつ、前作でデビュー作の『へレディタリー/継承』が私にはイマイチ刺さらなかったけど、アリ・アスターおそるべし。まさに異形の天才。夏至沈まぬ太陽のもと、花々が咲き乱れる極彩色の風景のなかで延々と繰り広げられる祝祭、闇とは無縁の世界で描かれる狂気。IKEAの国こええー!ってなるやん?もうね、あかんで。逆転する天地、謎のドラッグで歪む視界、フラッシュバックするトラウマ、村人たちが奏でる邪悪な無印良品みたいな音楽、タペストリーに描かれた不穏な”おまじない”・・・この村の人たち、NHKスペシャルが初めて映像に納めることに成功した、未開の土地で古代の生活を営むやばい種族なんじゃないかな。彼らが脈々と受け継いできたらしい伝統や暮らしは、どこか日本神話の生々しさ、もっと平たく言うとエログロに通じる。営まれる儀式は日本の神道を彷彿とさせるし、離島の秘祭のようでもある。以前も書いたことがあるが、日本と北欧は感覚的な部分がちょっと似ている。古代、キリスト教が広まる以前は自然崇拝していたからだろう。ホラーで描かれるアニミズムって得体が知れないものが蠢いていて、蝕まれるような恐怖がある。ていうか生きてる人間しか出てこないのにホラーってなによ。ちなみに、アリ・アスターは失恋体験がきっかけでこの狂気の物語を書いたらしいので、これは壮大な失恋映画でもある。強烈な映画体験をさせてもらったけど、ぼかし無し、未公開シーン含む2時間50分のディレクターズカット版を観る勇気はまだない。
 
ダニーは狂気に堕ちた者だけが味わえる喜びに屈した。ダニーは自己を完全に失い、ついに自由を得た。それは恐ろしいことでもあり、美しいことでもある——アリ・アスター
 

trailer:

【映画】1917 命をかけた伝令

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映画日誌’20-10:1917 命をかけた伝令
 

introduction:

アメリカン・ビューティー』『007 スペクター』などで知られる名匠サム・メンデスによる戦争ドラマ。第一次世界大戦を舞台に、重要なミッションを与えたれた若きイギリス人兵士2人の1日を壮大なスケールで描く。主演は『はじまりへの旅』などのジョージ・マッケイと『リピーテッド』などのディーン=チャールズ・チャップマン。コリン・ファースベネディクト・カンバーバッチマーク・ストロングらイギリスを代表する実力派が脇を固める。製作陣には、『ブレードランナー2049』で撮影賞を獲得したロジャー・ディーキンス、『ダンケルク』で編集賞を獲得したリー・スミスら名手が集結。全編を通してワンカットに見える映像を創り上げ、第92回アカデミー賞では作品賞、監督賞を含む10部門でノミネートされ、撮影賞、録音賞、視覚効果賞を受賞した。(2019年 イギリス,アメリカ)
 

story:

第一次世界大戦開戦から、およそ3年が経過した1917年4月。フランスの西部戦線では、防衛線を挟んでドイツ軍と連合国軍のにらみ合いが続いていた。そんな中、イギリス人兵士のスコフィールドとブレイクに、撤退したドイツ軍を追撃中のマッケンジー大佐の部隊に作戦の中止を知らせる重要な任務が命じられる。部隊が進行する先にはドイツ軍による罠が張り巡らされており、この伝令が明朝までに間に合わなければ、ブレイクの兄を含む1600人もの兵士が命を落とし、イギリスが敗北することになるが...
 

review:

私にとってのサム・メンデスは、”『アメリカン・ビューティー』の人”である。愚かで滑稽な人間の姿をユーモアと皮肉と愛情で包んで、アメリカの平凡な家庭が狂気を孕みながら崩壊していくさまを冷ややかに映し出した問題作だ。クライムサスペンスだった脚本を、いざ撮影してみたら、あれ、じゃなくない?みたいな感じで法廷シーンなどをばっさりカットしちゃって社会派ドラマに仕立て上げたサム・メンデス。サスペンスだと思って演じていた俳優陣も、完成した映画観て度肝抜かれたらしいよ・・・。そんな確信犯が「全編を通してワンカットに見える映像」で観客の度肝を抜いたんだが、「全編ワンカット映像」と誤解を招く記載をしたメディアも少なくなかったため、実際に観た人が「ワンカットじゃないやん!」ってがっかりする現象も起きたし、そうじゃないって知ってる人も、一体どこが繋ぎ目なんだと躍起になって探してしまったことだろう。私もそうだ。監督が、映画に集中してもらうため敢えて無名の俳優を起用したって言ってたけど、スコ氏はどこかで見たことがあると思ってたら『はじまりへの旅』の長男だったし、あ、この軍曹見たことある、誰だったっけ?と思いを巡らせてたら将軍役のコリン・ファースを見落とし、エンドロールで、あれ、コリン・ファースどこ?ってなった。ちなみに新年早々に見たイギリス映画の主演だった。と、割とどうでもいいことに字数を割いてしまったが、どうでもいいことに気を取られていたとしても没入感が半端ないのである。類を見ない究極の臨場感で、人と人が直接殺し合っていた、第一次世界大戦塹壕に連れていかれるのだ。死屍累々の戦場、ドイツが優勢であることが一目瞭然の独軍要塞、チェリーの花、オフィーリアのごとき川流れ、照明弾が作り出す光と陰、辿り着いた兄の慟哭。どれほど緻密な計算をして創り上げたのかと思うと、気が遠くなる。サム・メンデス先生のお仕事拝見いたしました。という語彙力のない感想しか出てこないし、超不謹慎なことを言うと、119分間ディスニーのアトラクションに乗ってる気分であった。IMAXでおかわりしたいと思っているが、監督によるとDolby Atmos推奨とのこと。筆舌に尽くし難い貴重な映画体験であったが、ただ一点、メンデス先生、なんであそこ暗転したん・・・っていうことだけ聞きたい。
 

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【映画】母との約束、250通の手紙

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 映画日誌’20-09:映画/母との約束、250通の手紙

 

introduction:

フランスを代表する伝説的文豪ロマン・ガリの自伝小説「夜明けの約束」を映画化した伝記的ドラマ。激動の時代に翻弄されながらも強い絆で結ばれた母と息子の半生を描く。監督は『蛇男』などのエリック・バルビエ。『イヴ・サンローラン』などのピエール・ニネ、『アンチクライスト』などのシャルロット・ゲンズブール、『マダムと奇人と殺人と』などのディディエ・ブルドンらが共演。第43回セザール賞で主演女優賞など4部門にノミネートされた。(2017年 フランス,ベルギー)
 

story:

シングルマザーとして息子ロランを育てるユダヤポーランド人移民のニーナ。思い込みが激しく負けん気が強い彼女は、息子がフランス軍で勲章を受けて外交官になり、大作家になると信じてその才能を引き出すことに命を懸けていた。母と共にロシア、ポーランド、ニースに移り住んだロマンは、母の過剰な愛と重圧にあえぎながらも、母の願いを叶えるべく努力を重ねていく。やがて成長したロマンは自由フランス軍に身を投じ、母からの激励の電話や手紙を支えにパイロットとして活躍する。同時に念願の小説が出版され、作家デビューを果たすが...
 

review:

ロマン・ガリを初めて知った。私が外国文学に精通していないから、という単純な理由かと思ったが、どうやら日本ではあまり知られておらず、現在国内市場で彼の翻訳本を手に入れることは簡単ではない。とは言え彼は、ロマン・ガリ名義とエミール・アジャール名義で2度ゴンクール賞を受賞した、フランスを代表する作家である。ゴンクール賞はフランスで最も権威のある文学賞のひとつ。受賞するのは生涯に一度という規則があるにも関わらず、ペンネームを使って正体を明かさずに受賞したのだ。しかしそんなエピソードが些細なことに思えるほど、ガリの生涯は波乱万丈で数奇なものであった。1914年、ロシア帝国領ヴィリナ(後にポーランドヴィルノ、現在はリトアニア共和国の首都ヴィルニュス)で生まれたロマン・ガリ。雪が降りしきる中、生活のため帽子の行商をしている母親のニーナの姿が印象的だ。その後、フランス・ニースに移り住んだ母子は、陽光溢れる海辺の街で比較的幸せな時期を過ごす。っていうか、母ニーナの商才がすごい。ヴィリナでは自分の洋装店を(嘘だけど)ブランディングして貴婦人たちの心を掴み、マーケティングに長けている。商才を見込まれ経営を任されたニースのホテルも、地元の人に愛される場所に育てあげた。おそらく彼女は頭が良く、相当な切れ者だったのだろう。ただ、時代世相が彼女の立身出世を阻んだ。ニーナは叶えられることのない夢と野望を何もかも、息子に託したのかもしれない。息子がフランス軍で勲章を受けて外交官になり、そのうえ大作家になると本気で信じ、毎日毎日呪文のように唱えていたのだ。こわいよー。今の言葉で言うなら「毒親」だ。名前を何度も変えたガリの歪んだアイデンティティは、そこに由来するような気がする。ただ、母親からの過度な期待という重圧があっても、その個性と才能が潰されることなく如何なく発揮され、例え素性を隠しても世間に認められるものに昇華した、ということには驚きを禁じ得ない。Wikipediaに「フランスの小説家、映画監督、外交官」の記載があるってことは、ロマン少年、母の願いを全部叶えたのである。母ニーナの深い深い、狂おしいほどの愛があり、それを受け止める息子の愛があったのだ。そんな肝っ玉母さんニーナを、かつての『なまいきシャルロット』が全身全霊で演じていることも感慨深い。ロシア、ニース、ロンドン、アフリカ、そしてメキシコと世界を旅するような映像も見応えがあり、実話とは思えないほどドラマに満ちたガリの半生が興味深く、文学的で奥行きのある作品となっている。素晴らしい映画体験であった。
 

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【映画】ザ・ピーナッツバター・ファルコン

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映画日誌’20-08:ザ・ピーナッツバター・ファルコン
 

introduction:

やさぐれた漁師と、施設から脱走したダウン症の青年の旅路を描いたドラマ。本作が長編映画デビューとなる俳優ザック・ゴッツァーゲンが主演を務め、『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』『ニンフォマニアック』などに出演したシャイア・ラブーフ、『フィフティ・シェイズ』シリーズなどのダコタ・ジョンソンらが脇を固めた。本作が長編初監督作となるタイラー・ニルソンとマイケル・シュワルツが監督と脚本を担当し、製作陣には『リトル・ミス・サンシャイン』などのプロデューサー、アルバート・バーガーとロン・イェルザらが集結。2019年4月に開催されたSXSW映画祭で観客賞を受賞した。(2019年 アメリカ)
 

story:

老人養護施設で暮らすダウン症の青年ザックは、子どもの頃から憧れていたプロレスラーの養成学校に入るため、施設を脱走する。時を同じくして、しっかり者で優しかった兄を亡くし、孤独な日々を送っていた漁師のタイラーは、他人の獲物を盗んでいたことがバレてボートでの脱走を図る。ジョージア州サバンナ郊外で偶然出会った2人は意気投合。ザックを捜すためにやってきた施設の看護師エレノアも加わり、3人はザックの夢を叶える旅に出る。
 

review:

まず、監督を務めた2人の略歴が全力でふざけていて良い。「ニルソンは「どうでもいい商品の」CM出演や、世界屈指の手のパーツモデルとしてブラッド・ピットの手の吹替で活躍、シュワルツは自転車でのアメリカ横断や果樹園づくり、長いヒゲを伸ばすことなどに挑戦していた」んだそうだ。主演を務めたザック・ゴッサーゲンの「映画スターになりたい!」という夢を一度真っ向から否定したことはいただけないが、「じゃあ、君たちが僕のために映画を作ってくれよ!」という言葉にきちんと応えたところは素晴らしい。はぐれ者と知的障がい者のバディ・ムービーと言えば『レインマン』『八日目』などの名作が脳裏をかすめるが、この際、何番煎じみたいなことは言いますまい。なぜならこの映画は、ザックのために作られた物語で、ザックが活躍する姿を活写する映画だからだ。「僕はダウン症なんだ」と言うザックに対して、シャイア・ラブーフ演じるやさぐれ漁師くずれタイラーが「知るか!」と切り返す。タイラーは偏見を持たず、ザックを1人の人間として分け隔てなく接する。当たり前の友情を育む2人の姿は、ザックを特別扱いしていた看護師のエレノアに大いなる気付きを与える。エレノアを演じたダコタ・ジョンソンがかわいい。小振りながら、心温まる良作であった。ちなみに撮影中、シャイア・ラブーフが泥酔による迷惑行為で逮捕され、しかもアフリカ系の警官に人種差別的な発言を繰り返したとして非難の対象となった。一時は本作の公開が危ぶまれたそうだが、これが俳優デビュー作となるザックにガチ怒られて反省したシャイアは更生を誓い、リハビリ施設に入所したそうだ。ええ話や。
 

trailer: 

【映画】イーディ、83歳 はじめての山登り

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映画日誌’20-07:イーディ、83歳 はじめての山登り

introduction:

長年の夢を叶えるべく、山登りに初挑戦する83歳の女性の姿を描いた人間ドラマ。撮影当時、役と同じ83歳だった『縞模様のパジャマの少年』などのシーラ・ハンコックが、実際に山に登り、過酷な撮影に挑んだ。共演には『ウイスキーと2人の花嫁』などのケヴィン・ガスリー、『天使の分け前』などのポール・ブラニガンら。『ミュータント・クロニクルズ』などのサイモン・ハンターが監督を務めた。(2017年 イギリス)
 

story:

30年もの長い間、夫の介護に人生を捧げてきた83歳のイーディは、娘から施設に入ることを勧められ、人生の終わりを感じていた。そんなある日、街のフィッシュアンドチップス屋の店員が発したふとした言葉をきっかけに、かつての夢だったスコットランドのスイルベン山に登ることを決意。ロンドンから夜行列車でスコットランドに向かったイーディは、偶然知り合った地元の登山用品店の青年ジョニーをトレーナーとして雇い、山頂へ登る訓練を始めるが...
 

review:

”Never too late.” ロンドンの片隅にあるフィッシュアンドチップス屋が、追加注文しようとした老婦人にかけた言葉である。遅すぎることはないよ。月並みと言えば月並みすぎる台詞だし、それをきっかけに一大決心するとか、映画の設定としてはあまりにも陳腐…!! でも、刺さったのである。実年齢的には人生の折り返し地点にさしかかった私の心にも。年齢にとらわれたり縛られたりしない生き方をしよう思っているけど、歳を重ねるごとに生きるのが楽になってきたのは事実だ。人生で一番楽しかったのはいつか?という質問には、いつだって「いま」と答える。今が最高に楽しいし、今の自分が一番好きだ。認めてないけど、やや若見えするらしい私も、確実に歳を重ねているのである。ロンドンのフィッシュアンドチップス屋が何気なく発した言葉が刺さるほどに。まあ、この場面と、スイルベン山の雄大で美しい自然と、イーディーが頑張ってる姿以外は、特筆すべきことがない作品とも言える。ただ、いつかの夢を叶えようと奮闘するイーディーの姿に自分を重ねて、自分の生き方を振り返るには程良い。私は、人生の終わりに何をするのだろう。今は忙殺されて、思いを巡らす時間もないけれど。いつか夢に見た、星野道夫が珠玉の言葉で綴ったアラスカを旅したい。そして、あまりにも早く歩き過ぎてしまって、どこかに置き去りにして来てしまった心が、その場所に追いつくまで待っていたい。きっとイーディも、置き去りにして来てしまった心が、やっと追いついたのだろう。ところで「イーディ、83歳 はじめての山登り」「公式」ってググっても、公式サイトが出てこないよ・・・!SEO対策とは。
 

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【映画】ジョジョ・ラビット

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映画日誌’20-06:ジョジョ・ラビット
 

introduction:

マイティ・ソー バトルロイヤル』などで知られるニュージーランド出身のタイカ・ワイティティが、脚本と監督を手掛け、第二次世界大戦時のドイツを舞台に描く人間ドラマ。何か月も続いていたオーディションを一瞬で終わらせたという、ローマン・グリフィン・デイビスが主演を務め、『真珠の耳飾りの少女』などのスカーレット・ヨハンソン、『スリー・ビルボード』などのサム・ロックウェルらが共演。ワイティティ監督自身がヒトラーを演じている。音楽は『カールじいさんの空飛ぶ家』でオスカーに輝いたマイケル・ジアッチーノ。第92回アカデミー賞では、作品賞・助演女優賞の主要2部門をはじめ、脚色賞・編集賞美術賞・衣裳デザイン賞の6部門にノミネートされている。(2019年 ドイツ,アメリカ)
 

story:

第二次世界大戦下のドイツ。母親とふたりで暮らしている10歳のジョジョは、空想上の友達アドルフ・ヒトラーの助けを借りながら、青少年集団ヒトラーユーゲントの立派な兵士になろうと奮闘していた。しかし。心優しい彼は訓練でウサギを殺すことができず、教官から〈ジョジョ・ラビット〉という不名誉なあだ名をつけられ、からかいの対象となってしまう。そんなある日、ジョジョは家の片隅に隠し部屋を見つけ、そこにユダヤ人少女エルサが匿われていることに気付くが...
 

review:

理不尽な戦争への痛烈な風刺を織り交ぜながら、空想上の友人アドルフ・ヒトラーと会話する少年の日常をコミカルに描く。冒頭、ビートルズの名曲『抱きしめたい』のドイツ語バージョンにナチスドイツのプロバガンダ映画の映像を重ね、「ハイル、ヒトラー!」と駆け回るジョジョ少年の姿を軽やかに映し出し、高揚感を煽る。一事が万事、ワイティティ監督の仕事が見事だ。絶望的な状況にあっても、子どもの瞳に映る世界は輝いて希望に満ち、優しさと美しさで縁取られている。そして大人たちは間抜けで滑稽だ。第二次世界大戦下のナチスドイツという重いテーマが、デヴィッド・ボウイトム・ウェイツらの名曲に彩られ、子どもの視点で寓話的に語られる。それは突きつけられる戦争の残酷さとのコントラストを強くし、より一層哀しみを深くさせる。戦禍の中でもおしゃれを楽しみ、ダンスを踊り、豊かで人間らしい暮らしが戻ってくることを願っていたお母さんの素敵な靴。靴紐をうまく結べなかったジョジョ。全てを見ていた家の窓。エルサとの可笑しくも不毛なやりとり。手榴弾や銃を持たされる子ども。キャプテンKの眼差し。一つ一つが脳裏に焼き付いて離れない。ずっとスカーレット・ヨハンソンが苦手だったが、今回初めて好きかもしれないと思ってしまった。戦時下でも潔く自分の信念を貫き、子どもに愛を教える母親役をセクシーに演じたスカーレット・ヨハンソンがべらぼうにカッコいいのだ。そして『リチャード・ジュエル』に続きサム・ロックウェルがまた魅せてくれた。『グリーン・マイル』や『スリー・ビルボード』であんな感じだったのになぁ。どうでもいいけど親友のヨーキーが可愛すぎる。ジョジョよりヨーキー推し。いろんな意味で忘れ難く、心に残る傑作。
 

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【映画】フォードVSフェラーリ

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 映画日誌’20-05:フォードVSフェラーリ

 

introduction:

伝説的な1966年のル・マン24時間耐久レースで、モータースポーツ界の頂点に君臨するイタリアのフェラーリに挑んだフォード・モーター社の男たちを描いた伝記ドラマ。『ボーン』シリーズ、『オデッセイ』などのマット・デイモン、『ダークナイト』シリース、『バイス』などのクリスチャン・ベイルが主演する。『17歳のカルテ』『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』『LOGAN/ローガン』など多彩なジャンルのヒット作を手掛けてきたジェームズ・マンゴールドが監督を務めた。第92回アカデミー賞では、作品賞を筆頭に、音響編集賞、録音賞、編集賞の4部門にノミネートされている。(2019年 アメリカ)
 

story:

元レーサーのカー・デザイナー、キャロル・シェルビーのもとに、フォード・モーター社からル・マン24時間耐久レースでの勝利という信じがたいオファーが届く。それは6連覇中の絶対王者フェラーリを倒すということだった。心臓の病でレース界から身を退いていたシェルビーは、フォード社上層部から反対されながらも、型破りなドライバー、ケン・マイルズをチームに招き入れる。限られた時間と資金の中、開発における技術的なトラブルに止まらず、幾多の困難が彼らを待ち受けていた。それでもレースへの情熱を共有する男たちはいつしか固い絆で結ばれ、決戦の地ル・マンに乗り込んでいくが…
 

review:

激ヤセ激太り歯も抜く…クリスチャン・ベイルはいつだって全力投球!っていう記事を読み耽っていたら電車を乗り過ごして遅刻した。彼の主演デビュー作『太陽の帝国(1987年・スピルバーグ監督)』は、中学生になったばかりの私に衝撃を与え、親の目を盗んで2回映画館で観た。あれ、もしかしたら劇場好きの原体験ってこれか?てか実年齢がバレるよね。そういうわけでクリスチャン・ベイルが出ているとつい見ちゃう病だし、マット・デイモンが出ているとつい見ちゃう病のくせに、本作は何故かスルーしようとしていて、すんでのところで踏み止まった。あぶねー。直球すぎてロマンを感じないタイトルが良くないよと思ったら原題やんか。さて、限られた時間と資金のなかで、危険を冒しながら色んな敵と闘っているスタートアップのみなさんは是非、IMAXで観ましょう。7000回転の世界で唸る轟音に悶絶しながら、人生のすべてを捧げて不屈のプライドを貫き、命を賭して夢を追い求めた男たちのロマンに、どっぷりと浸ることができます。はい。観客を感動と興奮の渦に巻き込み、夢中にさせるという意味では、まさに本物のエンターテイメントだ。マンゴールド監督は、楽天的だったアメリカがシニカルに変化していく1960年代をより正確に映し出し、その瞬間を生きた、情熱的で競争心に溢れた人々のチャレンジを誠実なアプローチで描いている。シェルビーとマイルズの友情、マイルズを支えた妻モリーの愛、大企業同士の確執と社内政治、その全てをシェルビーに託したアイアコッカ。全てにドラマがあり、「素晴らしいものと感情を組み合わせられる監督」と製作のピーター・チャーニンが評しているが、その通りだと思う。ちなみにフォード社が誇る世界最高のマーケティング戦略家のひとり、リー・アイアコッカは、1964年に象徴的なフォード・マスタングを作ったこと、1979年にクライスラーを引き継いで破産から救ったことなど、数々のレガシーが残されているそうだ。業界が生んだ最高のショーマンが、フォードとレーシングを同義語にすべく、この物語を生んだのだ。そのことも記憶しておきたい。
 

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