銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】フィッシャーマンズ・ソング コーンウォールから愛をこめて

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映画日誌’20-01『フィッシャーマンズ・ソング コーンウォールから愛をこめて』

introduction:

イギリス南西部コーンウォール地方の小さな港町ポート・アイザックに実在する漁師バンド“フィッシャーマンズ・フレンズ”と、彼らを発掘した敏腕マネージャー、イアン・ブラウンのサクセスストーリーをモデルにしたヒューマンドラマ。『輝ける人生』のプロデューサーカップルのメグ・レナードとニック・モアクロフトが制作・脚本を担当し、『キッズ・イン・ラブ』の新鋭クリス・フォギンが監督を務めた。『ローグ・ワン / スター・ウォーズ・ストーリー』などのダニエル・メイズが主演を務め、『ダウントン・アビー』などのタペンス・ミドルトン、『ROMA/ローマ』などのジェームズ・ピュアフォイ、『輝ける人生』などのジェイムズ・ヘイマン、『私は、ダニエル・ブレイク』などのデイヴ・ジョーンズら、実力派俳優が顔を揃える。イギリスでは公開直後から観客動員数100万人を超えるヒットを記録し、1O億円を稼ぎ出した。(2019年 イギリス)
 

story:

イギリス南西部コーンウォール地方にある小さな港町ポート・アイザック。この地を旅行で訪れていた音楽マネージャーのダニーは、漁師バンド「フィッシャーマンズ・フレンズ」のライブを偶然見かける。上司から彼らと契約を結ぶよう指示されたダニーは、この小さな港町に居残ることに。バンドの中心的メンバー・ジムの娘で、B&Bを経営しているシングルマザーのオーウェンは、ダニーの失礼な態度に敵意をむき出しにしていたが、ダニーが見せた音楽への情熱に心を動かされる。やがて、無事に「フィッシャーマンズ・フレンズ」と契約を交わしたダニーだったが……。
 

review:

物語の舞台となったポート・アイザックは、コーンウォール地方の小さな港町だ。コーンウォール地方の位置を確認してみた。まさにランズ・エンド、地の果てと呼ぶにふさわしい、イングランド島の最西部である。太平洋を見渡す丘陵地帯の絶景を求める人々が、数多く訪れる観光地だ。6つのケルト民族地域のうちの1つで、独自の文化や言語、帰属意識を持った地域であり、自分のことをブリテン人イングランド人ではなくコーンウォール人だと考えている人も少なからずいる。彼らがイングランドに対して強い独立心を持っていることを事前に知っておくと、この物語がいっそう興味深いものになるだろう。薄暗い夜明け前、漁師たちの朝が始まる。一緒に漁に行きたいとせがむ孫娘、御守りの妖精を必死で探す老漁師。そのシークエンスは美しく、愛おしさに満ちて、伝統と仲間を重んじ、身を賭して家族を守る彼らの生き様をよく表している。彼らがジンクスにこだわるさまは、常に死が隣り合わせであることを感じさせる。命を懸けて海に生きる男たちの歌は正に本物であり、コーンウォールの壮大な自然を背景に響き渡るその歌声は、心を震わす。2010年にメジャーレーベルのアイランド・レコードと100万ポンド相当の契約を交わし、1stアルバム「Port Isaac's Fisherman's Friends」が全英チャートでトップ10入りを果たした「フィッシャーマンズ・フレンズ」は、実在する漁師バンドだ。慈善事業の資金集めを目的に1995年に結成され、敏腕音楽マネージャー、イアン・ブラウンとの出会いによってメジャーデビューを果たす。本作では”ダニー”というキャラクターになっているが、都会からやってくる観光客=他所者に警戒する住民たちが彼に心を許し、音楽を通して絆を深めていく様子が微笑ましく、素直に感動してしまった。冒頭、ダニーが所属している音楽マネジメント会社のチャラいアホどもの掛け合いが、昔の安っぽいトレンディドラマみたいなワザとらしさで鼻につく。脚本大丈夫か!?と不安になったが、物語がどんどん面白くなったのでいつの間にか忘れてた。実直な漁村の暮らしとコントラストを演出していたんだと思うことにする。ちなみにバンド名の「フィッシャーマンズ・フレンズ」は、イギリス人なら誰でも知っているミント系トローチの名前とのこと。お茶目。
 

trailer:  

【映画】だれもが愛しいチャンピオン

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-63
『だれもが愛しいチャンピオン』(2018年 スペイン)
 

うんちく

プロバスケットボールの元コーチと、ハンディキャップを持つ選手たちのバスケットボールチームの出会いを絆を描き、スペインのアカデミー賞たるゴヤ賞で作品賞を含む三部門を制したドラマ。脚本・監督は『モルタデロとフィレモン』などのハビエル・フェセル。『オリーブの樹は呼んでいる』などのハビエル・グティエレスが主演を務め、実際に障がいを持つ600人の中からオーディションで選ばれた10名が共演した。
 

あらすじ

プロバスケットボールチームでコーチを務めるマルコは、負けん気が強い性格が災いして問題を起こし、解雇されてしまう。その上、飲酒運転事故を起こし、判事から社会奉仕活動として、知的障がい者たちのバスケットボール・チーム“アミーゴス”を指導するよう命じられてしまう。選手たちの自由奔放な言動に翻弄され、困惑するマルコだったが、彼らの純粋さや情熱、豊かなユーモアに触れて一念発起するが…
 

かんそう

大人になりきれない、短気で少々身勝手な性格が災いして無職・免停・別居中という、こじらせ中年が主人公だ。いわゆるステレオタイプのキャラクターだが、こういう子供おじさんは万国共通なんだなと妙に感心する。彼の名はマルコ。初めて接する知的障がい者たちに戸惑う姿は、普通(という思い込み)と異なる個性を持った人に対して身構える、いつかの私だ。マルコが”アミーゴス”のメンバーに育まれ、人間として成長していく姿が微笑ましい。程よくユーモアが散りばめれれた脚本は、オーディションで選ばれた10人に合わせ、既に完成していた台本を当て書きして全面改稿されたものとのこと。それは一人一人の個性を魅力的に映し出しており、ややもすればヒューマニズムに偏り感動ポルノと揶揄されそうな題材とストーリーを、誰もがメッセージを享受できる普遍的な物語に昇華させている。人生が愛おしくなる、清々しいラストも秀逸。ちなみに本作が2019年最後の映画となった。本当は社会派の巨匠ケン・ローチの新作を観るつもりだったけど、一年の締めくくりにするにはちょっと重すぎるんだよなぁ。と、何となくチョイスした作品だったが、期待値より素敵な作品だったのでご満悦。素敵な映画納めであった。2019年は例年より少なかったから、2020年はたくさん映画観たい。もっと観たい。
 

【映画】シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-62
シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の』(2018年 フランス)
 

うんちく

フランスの片田舎オートリーヴに実在する建築物「シュバルの理想宮」の実話をベースに、たった一人で宮殿を完成させた郵便局員の50年を描いたヒューマドラマ監督は『エトワール』などのドキュメンタリー映画で知られるニルス・タヴェルニエ。『レセ・パセ自由への通行許可証』でベルリン国際映画祭最優秀男優賞を受賞し、『グレート デイズ! -夢に挑んだ父と子-』でもタヴェルニエ監督とタッグ組んだ名優ジャック・ガンブランが主演を務める。モデルとしても活躍する、『ゲンズブールと女たち』『パリの恋人たち』などのレティシア・カスタが共演。
 

あらすじ

19世紀末、フランス南東部の村オートリ―ヴ。村から村へと手紙を配り歩く郵便配達員シュヴァルは、妻を病気で亡くし、子どもの養育ができないと判断した親類によって一人息子を里子に出されてしまう。やがて未亡人フィロメーヌと運命の出会いを果たし、結婚したふたりにの間には娘アリスが誕生するが、寡黙で人付き合いが苦手な彼は娘にどう接したらいいのか戸惑っていた。そんなある日、配達の途中で変わった形の石につまづいたことをきっかけに、石を積み上げて宮殿を建てることを決意する。それは彼なりの、アリスへの愛情表現だった。シュヴァルは来る日も来る日も黙々と石を運んでは積み上ていく。村人たちからは変人扱いされながらも、家族3人で慎ましかやに幸せな毎日を送るシュヴァルだったが、彼には過酷な運命が待ち受けていた...
 

かんそう

実在するこの”シュヴァルの理想宮”は、たった一人の郵便配達員が、33年の歳月をかけて築き上げたものである。ある日、配達中につまづいた奇妙な形の石に魅せられた男は、新聞や雑誌や絵葉書で見た遠い異国の景色をつなぎ合わせ、拾い集めた石を積み上げること9万3000時間、東西26メートル、北14メートル、南12メートル、高さ10メートルに及ぶ、壮大で奇想な建造物を完成させた。制作当時は周囲の人々に白い目で見られていたシュヴァルだったが、シュールレアリスムの詩人アンドレ・ブルトンによって称賛され、 ピカソやニキなどフランスを代表する画家にも多大な影響を与えることになる。世界中のナイーブ・アート、あるいはアウトサイダー・アート(正式な美術教育・訓練を受けていない作家による芸術)建築において最も特異な例として知られ、近年は年間数万人がこの場所を訪れる。現在、フランス政府により国の重要建造物に指定され、修復も行われているそうだ。シュヴァルの半生を描いたこの映画を観るにあたり、理想宮の存在を初めて知ったのであるが、すっかりこの驚くべき実話の虜になってしまった。理想宮の壁面には、「この岩を造ることによって、私は意思が何を為しうるかを示そうと思った」と刻まれている。ひたすら頑固に信念を貫き、偏執狂と揶揄されながらも自分が思い描いた”理想”をかたちにしたシュヴァル、そして彼を見守り支えた妻フィロメーヌの、愛と知性を垣間見ることができる。ドローム県の美しい自然を背景に、静謐なタッチで淡々と描かれる、ささやかな幸せ、激しい慟哭、深い悲しみ。画集を一枚ずつめくり、その度に感嘆のため息を漏らしてしまうような美しさがそこにはあった。
 

【映画】テッド・バンディ

 
劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-61
『テッド・バンディ』(2019年 アメリカ)
 

うんちく

1970年代のアメリカを震撼させた実在の殺人鬼テッド・バンディの半生を描いた伝記ドラマ。記録映像やインタビューなどを通してバンディに迫ったNetflixオリジナル作品「殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合」を手がけたジョー・バリンジャーが監督を務める。主演は『グレイテスト・ショーマン』のザック・エフロン、『白雪姫と鏡の女王』『あと1センチの恋』などのリリー・コリンズ、『ザ・シークレット・サービス』などの名優ジョン・マルコヴィッチらが共演する。
 

あらすじ

1969年、ワシントン州シアトル。シングルマザーののリズは、とあるバーでテッド・バンディと出会い、恋に落ちる。リズの幼い娘モリーとともに3人で幸福な家庭生活を送っていたが、ある日、テッドが信号無視で警官に止められたことで運命が一変してしまう。車の後部座席に積んであった道具袋を疑われ、マレーで起きた誘拐未遂事件の容疑で逮捕されてしまったのだ。突然の出来事に戸惑うリズだったが、前年にも女性の誘拐事件が起きており、目撃された犯人らしき男はテッドの愛車と同じフォルクワーゲンに乗り、その似顔絵はテッドに酷似していた...
 

かんそう

原題の”Extremely Wicked, Shockingly Evil and Vile(極めて邪悪、衝撃的に凶悪で卑劣)”とは、実際の裁判で判事がテッド・バンディに投げかけた言葉である。IQ160の頭脳と美しい容姿で世間を翻弄し、”シリアルキラー”の語源になった稀代の殺人鬼テッド・バンディ。30人以上の女性を殺した罪で死刑に処されているが、その余罪の全てはあきらかになっておらず、本当の被害者の数は誰にも分からない。この作品は、テッド・バンディの恋人だったエリザベス・クレプファーが彼との日々を綴った著書「The Phantom Prince:My Life with Ted Bundy」をベースにしており、彼を愛してしまった女性の目線で描かれている。したがって観ている側も、まるでテッドが悪人に思えず、冤罪で裁かれているような感覚に陥ってしまうのだ。後々はっと我に返りゾッとするのだが、それこそがこの作品の真髄である。当時、テッドの邪悪な魅力に翻弄された人々がいたという事実。見た目が良く話が巧みな点に価値を置く米国社会において、「感じがよくて魅力的な白人男性だからといって信用してはならないのだと若い世代に警告したかった」と語るバリンジャー監督の思惑通りだ。下級階級の私生児として生まれたバンディは、大学の頃に出会い交際したステファニー・ブルックスに失恋したことで、深い挫折を味わった。やがてその屈辱は「上流中産階級の女」を完全支配するという欲求に変わり、彼を強姦殺人へと駆り立てたのである。のちにバンディの弟は「兄をおかしくしたのは、ステファニー・ブルックスに出会ってからだ。あの女にさえ会わなければ、兄は殺人鬼にならなかったかもしれない。」と語っている。テッドが標的にした女性には共通の特徴があり、犠牲者のほとんとがストレートの髪を真ん中で分けていた。それはブルックスの髪型だったという。その凶行を調べれば調べるほど、スクリーン越しにテッド・バンディという怪物にかつがれそうになったことを薄ら寒く思うのだ。
 
僕は人間の生と死を支配したかった。
地球上から人間一人が減ったからといて、どうだというんだい?——テッド・バンディ
 

【映画】グレタ GRETA

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-60
『グレタ GRETA』(2018年 アイルランド,アメリカ)
 

うんちく

クライング・ゲーム』『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』のニール・ジョーダンが監督・脚本を務めたサイコスリラー。アカデミー賞主演女優賞にノミネートされた『エル ELLE』などで知られるフランスを代表する女優イザベル・ユペールと、『キック・アス』シリーズなどのクロエ・グレース・モレッツが初共演で主演を務める。『イット・フォローズ』などのマイカ・モンロー、『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』などのスティーヴン・レイらが共演。

 

あらすじ

ニューヨークの高級レストランでウェイトレスとして働くフランシスは、家路の地下鉄で誰かが座席に置き忘れたバッグを見つける。その持ち主は、都会の片隅でひっそりと暮らしている未亡人グレタ。彼女の自宅までバッグを届けに行ったフランシスは、彼女に亡き母への思慕を重ねてしまう。年の離れた友人として親密になっていく二人だったが、グレタのフランシスへの行動は日に日に常軌を逸していき、ストーカーのようなつきまといへと発展する。グレタの奇行に怯えるフランシスは、親友のエリカとともに恐ろしい出来事に巻き込まれていくが...。
 

かんそう

フランスの至宝、イザベル・ユペールに98分間凄まれる映画です。以上です。と言いたいところだが、映画と全く関係のない私的な話をすると(2回目)、12月初旬にこの作品を鑑賞してから現在に至るまでのあいだに「引越し」という人生におけるストレス要因の上位にランクインする一大イベントがあり、レビューを書くような余裕があるわけないだろう。したがってレビューを書けるほど細かいディテールを覚えておらんのだが、おぼろげな記憶とネットに散らばっている情報をつなぎ合わせながら作品について紡いでみると、ムチムチのクロエ・グレース・モレッツちゃんが大御所イザベル・ユペール姐さんにストーカーされるサイコな作品である。映画の題材としては使い古されたもので特筆すべき変化球もなく、そこ行ったらあかんって場所に行っちゃったりする系だしツッコミどころ満載。なのになんだか不思議な求心力を持つスリリングな展開に引き込まれてしまい、観ている間は面白かった。その理由はひとつ、イザベル・ユペールその人だ。ある時はミステリアスに妖艶に、あるいは狂気じみた、かと思えばコミカルだったりと、作品ごとに全く異なる印象を与えながら幅広い役柄を演じ、その演技力と存在感で魅了するフランスの大女優。色んな意味で大きく成長したクロエ・グレース・モレッツとの化学反応で、物語に奥行きと説得力を与え、観る者の恐怖心を煽る。生きてる人間が一番こわい。細かいこと覚えてないからイザベル姐さんに全部押し付けようってわけじゃないよ…。
 

【映画】残された者-北の極地

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-59
『残された者-北の極地』(2018年 アイスランド)
 

うんちく

『偽りなき者』『永遠の門 ゴッホの見た未来』やドラマシリーズ「ハンニバル」などで活躍するデンマーク出身の俳優マッツ・ミケルセンが主演を務めたサバイバルドラマ。飛行機事故で北極圏に取り残され、孤立無援で自然の脅威と闘う姿が描かれる。監督はブラジル出身のジョー・ペナ。短編映画制作を経て、本作で長編映画の監督デビューを果たした。「ハンニバル」などのマーサ・デ・ラウレンティスが製作総指揮として参加している。
 

あらすじ

飛行機事故で北極地帯に不時着したパイロットのオボァガードは、壊れた飛行機をシェルターにして白銀の荒野を毎日歩き回り、魚を釣り、救助信号を出すという日々のルーティンをこなしながら、救助を待っていた。しかし、ようやく救助に来たヘリコプターは強風に煽られて墜落し、女性パイロットは大怪我を負ってしまう。瀕死の彼女を救うため、ついに自らの足で窮地を脱しようと決心したオボァガード。危険を承知で勇気ある一歩を踏み出すが...
 

かんそう

北欧の至宝、マッツ・ミケルセンを97分間愛でる映画です。以上です。と言いたいところだが、映画と全く関係のない私的な話をすると、12月初旬にこの作品を鑑賞してから現在に至るまでのあいだに「引越し」という人生におけるストレス要因の上位にランクインする一大イベントがあり、レビューを書くような余裕があるわけないだろう。したがってレビューを書けるほど細かいディテールを覚えておらんのだが、おぼろげな記憶とネットに散らばっている情報をつなぎ合わせながら作品について紡いでみると、2018年のアイスランド映画だ。原題は『Arctic(北極圏)』、タイトルから察するに、マッツはどうやら北極に不時着したらしい。果てしなく広がる白銀の世界で、取り乱すことなく淡々とルーチンをこなしている姿は、長いあいだ1人でサバイブしてきたことを物語っている。生きている登場人物はマッツ、ほぼ意識がないアジア系女性のみ。概ねマッツの一人芝居であり、台詞は極めて少なく、その状況を説明する描写もない。にも関わらず、極限の状況に置かれ、物理的、心理的な困難と対峙する人間の感情が揺れ動くさま、葛藤と苦悩を余すところなく映し出しており、終始張り廻らされた緊張の糸に巻き取られ、心を激しく揺さぶられる。しろくまこわい。一言で表すと、すげーよかった。(おい
 

【映画】永遠の門 ゴッホの見た未来

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-58
『永遠の門 ゴッホの見た未来』(2018年 イギリス,フランス,アメリカ)
 

うんちく

潜水服は蝶の夢を見る』などのジュリアン・シュナーベル監督が、美術史上最も重要かつ人気の高い画家の一人、フィンセント・ファン・ゴッホの人生を映像化した伝記ドラマ。第75回ヴェネチア国際映画祭でワールドプレミアを飾り、ゴッホ役のウィレム・デフォーが男優賞を受賞、アカデミー賞主演男優賞にもノミネートされた。『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』などのオスカー・アイザックのほか、『偽りなき者』などのマッツ・ミケルセン、『潜水服は蝶の夢を見る』でもシュナーベルとタッグを組んだマチュー・アマルリックらが共演する。脚本は、『存在の耐えられない軽さ』のジャン=クロード・カリエール。
 

あらすじ

画家としてパリでは全く評価されていないフィンセント・ファン・ゴッホ。出会ったばかりの画家ゴーギャンの「南へ行け」というひと言によって南フランスのアルルにやってくるが、地元の人々とのあいだでトラブルを起こし、病院に強制入院させられてしまう。やがて弟テオの手引きもあり、待ち望んでいたゴーギャンがアルルを訪れ、唯一才能を認め合った彼との共同生活が始まる。ゴーギャンに心酔し、ますます創作にのめり込むゴッホだったが、その日々も長くは続かず...
 

かんそう

あまりにも有名な画家である。誰もがその名を知り、独特のタッチで描かれた作品について見覚えがあるだろう。日本で最も人気のある画家の一人と言っても過言ではない。今でこそゴッホの作品には億単位の値がつくが、生きているあいだは評価されず、生前に売れた絵はたった一枚だった孤高の天才。そんな彼の唯一理解者であり、支援者であった弟テオとの関係とエピソードが好きな私は、なんとなく劇場に足を運んだ。ゆらゆら揺れる手持ちカメラの映像に酔って気分が悪くなる。ゴッホ自身の視界を表現したと思われるが、無駄に半分ぼやけた映像も虫の居所を悪くさせる。撮影も構図も雑。総じて絵面が雑。とにかく雑なんじゃー。ゴッホが自分だけに見えている美しさを人々に伝えようとした、その世界を体感させようとしているようだが、絶望的に美しくない。どちらかと言えば端正な映像を好む私には、なかなかしんどい2時間だった。さて、ゴッホの波乱に満ちたスキャンダラスな人生もまた、人々が知るところである。ゴッホの最期は、拳銃自殺だったとするのが一般的だが、自殺とするには不自然な点があり他殺説もある。本作は後者を採用しているが、とにかくストーリーに引き込まれないので、その意図が分からない。ゴッホの人生なんて今更みんな知ってるよね!と言わんばかりの端折りっぷり。その代わり、ゴッホがキャンバスと向き合う姿を延々と映し出し、他者との対話を通して「なぜ絵を書き続けるのか」という画家としての使命をつらつらと語らせているが、どうにも冗長で説明くさい。なんにせよ全体的に断片的すぎて、何を描きたいのか分からない。ウィレム・デフォーマッツ・ミケルセンの無駄遣い。マチューおじさんはジュリアン・シュナーベル監督と仲良しだからいいや。ただ、ゴッホの作品を落とし込んだような風景から、よく見知っている作品の数々が生まれるさまは興味深かった。亡くなる少し前、弟テオへの手紙に「それらは不穏な空の下の果てしない麦畑の広がりで、僕は気兼ねせず極度の悲しみと孤独を表現しようと努めた」と綴った、フィンセントの限りない絶望に想いを馳せたのであった。