銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】マチルダ 禁断の恋

 
劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-82
『マチルダ 禁断の恋』(2017年 ロシア)
 

うんちく

ロシア帝国最後の皇帝ニコライ2世と、マリインスキー・バレエ団の伝説のプリマとして謳われたマチルダ・クシェシンスカヤの禁断の恋を描いたラブストーリー。監督は『爆走機関車 シベリア・デッドヒート』でゴールデン・グローブ賞外国語映画賞にノミネートされたアレクセイ・ウチーチェリ、『ブルーム・オブ・イエスタデイ』『パーソナル・ショッパー』などのラース・アイディンガー、『ゆれる人魚』のミハリナ・オルシャンスカが出演。エカテリーナ宮殿やマリインスキー劇場、ボリジョイ劇場などの実際のローケションでの撮影、世界三大バレエ団であるマリインスキー・バレエ団の壮麗な舞台が再現されている。本国ロシアでは作品をめぐり、皇帝の名誉を傷つけるとして賛否両論が飛び交い、上映館の放火を警告するキリスト教過激派組織も登場、センセーショナルな話題作となった。
 

あらすじ

19世紀後半のロシア・サンクトペテルブルクロシア帝国の次期継承者ニコライ2世は、世界的なバレリーナのマチルダを一目見た瞬間恋に落ち、二人は惹かれ合うようになる。しかし彼にはイギリスのヴィクトリア女王の孫娘でアリックスという婚約者がいた。やがて父皇帝の死による王位継承、政略結婚、外国勢力の隆盛、そして終焉に向かうロシア帝国の暗い影が、二人の恋を引き裂こうとしていた...
 

かんそう

絢爛豪華!皇帝と恋に落ちるバレリーナ!でも皇帝には幼い頃に定められた許嫁が!横恋慕する男たち!めくるめく官能、愛を貫こうとする二人に立ちはだかる身分の壁、渦巻く嫉妬と憎悪!マッドサイエンティストによる呪いの儀式!最後はよく分からんけど1970年代の少女漫画(黄金期)と完全に一致!という映画でした。現場からは以上です。というわけで、実在したマチルダ・クシェシンスカヤについて調べてみたところ、たいしたタマである。ニコライ二世が即位して政略結婚したあとは、二股かけつつ皇族や貴族の人脈で財産を蓄え、ロシア革命が起きるとフランスに亡命して違う貴族と貴賎結婚。身分制社会における貴賎結婚という概念を改めて調べてみると、まず社会的に許されないものであり、身分差が大きい場合には正規の結婚ができず、公式または非公式な側室・愛人・妾にすることが可能だったと。江戸の大奥も似たようなものだが、マチルダさんがニコライさんの妻になるなんて生まれ変わらないと無理。という話だったのだ。一方その頃日本では、倒幕から28年が経ち、日清戰争が終わって下関条約を結んだり、樋口一葉が「たけくらべ」を発表したりしておったのじゃ。ニコライ二世の戴冠式には明治天皇の名代として伏見宮貞愛親王(陸軍少将)、特命全権大使として山縣有朋が出席したそうじゃ・・・。ちなみにニコライ二世はロシアで約300年続いた王朝、ロマノフ朝ラストエンペラー。ロシア国内では「聖人」として神格化されているが、ロシア革命後、レーンンの命により一族もろとも銃殺されている。戴冠式の場面では一族が辿る不吉な運命を予感させるシーンが挿入されている。ニコライ二世は享年50歳。亡命したフランスで99歳まで生きたマチルダさん最強説である。なお、この物語でニコライさんが許嫁に抱いていた感情は史実と異なるようである。何が言いたいかって、少女漫画風味歴史不倫エンターテイメントと捉えると、まこと見応えがあり楽しめる作品であった。
 

【映画】パッドマン 5億人の女性を救った男

 

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-81
『パッドマン 5億人の女性を救った男』(2018年 インド)
 

うんちく

清潔で安価なナプキンを低コストで大量生産できる機械を発明し、かつ女性たち自らがその機械で製造したナプキンを女性たちに届けるシステムを生み出し、多くの女性に働く機会を与えたインド人男性の実話をベースにしたドラマ。モデルとなったアルナーチャラム・ムルガナンダム氏の活動は高く評価され、2014年に米タイム誌「世界で最も影響力のある100人」に選ばれたほか、2016年にはインド政府から褒章パドマシュリが授与されている。監督は『マダム・イン・ニューヨーク』の監督ガウリ・シンデーの夫で、同作のプロデューサーも務めたR.バールキ。『チャンドニー・チョーク・トゥ・チャイナ』などのアクシャイ・クマール、『ミルカ』などのソーナム・カプールらが出演。
 

あらすじ

インドの田舎町で小さな工場を共同経営するラクシュミは、新妻ガヤトリが生理の際に不衛生な古布を使っていることを知り、ショックを受ける。市販の生理用ナプキンは高価で買えない妻のため、清潔で安価なナプキンを作ることを思いつき、研究とリサーチに没頭するラクシュミ。男性が“生理”について語るだけでも奇異な目で見られるインド社会において彼の行動は非難され、やがて追われるように村を去り、妻と離れ離れになってしまう。それでも諦めることをしなかったラクシュミは、ある素材に出会い、ついに低コストでナプキンを大量生産できる機械を発明する。そして彼の熱意に賛同した先進的な女性パリーとの出会いによって、運命が大きく回りだすが...
 

かんそう

そのテクノロジーは誰かを幸せにしているか——起業家が身近に多い環境にあって、時折耳にする言葉だ。イノベーションという言葉が形骸化し、陳腐化しつつある今日この頃だが、それは”イノベーション”そのものを目的にしてしまい、且つ金儲けの手段にしようとする手合いが増えたからだろう。そこにイシューはない。いままさにイノベーションを起こさんとしている人は、おそらく自らがイノベーションを起こそうとしていることを意識していない。彼らの焦点はそこになく、イノベーションは行動による結果でしかないからだ。「妻を幸せにしたい」という一心で、迫害に耐えながら低コストのナプキン製造機を発明。それがインド工科大学で「草の根テクノロジー発明賞」を受賞し評価されるも、自分の利益など顧みず「一人でも多くの女性を幸せにしたい」と簡易ナプキン製造機を作っては女性の自助グループに販売し、起業と意識改革をうながした男。そのテクノロジーが最新でなくてもいい。流暢な英語でスピーチできなくてもいい。「誰のために、何を成し遂げたか」ということが大切なのだ。ラクシュミことムルガナンダム氏こそ、イノベーターと呼ぶにふさわしい。泣いた。男泣きに泣いた。作品そのものは、実にボリウッド映画らしいボリウッド映画である。テンポよく飽きさせないが長尺、ご都合主義でとりあえず歌い踊る。ラクシュミがお花に囲まれてナプキン作りに勤しむ姿は神々しくもある。しかし、ボリウッドを敬遠しがちな方であっても、ラクシュミの生き様に感動させられること受け合い。ぜひ、この”イノベーション”の目撃者になっていただきたい。
 
「すべては、妻への思いから始まったんです。妻が苦しんでいるのを目にして、タブーによってそうなっていると思いました。インドにはタブーがたくさんある。それを変えたい。それがそもそもの動機だった」
「神様がつくった地上で一番強い強い存在は、象でも虎でもなく、女性なんだと。だからこそ、僕は女性たちの役に立つために絶対にギブアップしてはいけないと、気持ちを持ち続けることができた」——アルナーチャラム・ムルガナンダム
 

【映画】セルジオ&セルゲイ 宇宙からハロー!

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-80
セルジオ&セルゲイ 宇宙からハロー!』(2017年 スペイン,キューバ)
 

うんちく

実在する元宇宙飛行士で“最後のソビエト連邦国民”と呼ばれたセルゲイ・クリカレフをモデルに、国境を越えた友情を描くバディ・コメディ。政変の煽りを食らい地球帰還が何度も延期された宇宙飛行士を救うため、キューバの大学教授が奔走する。アカデミー賞外国語映画賞に選出された『ビヘイビア』などで知られるキューバを代表する監督エルネスト・ダラナス・セラーノがメガホンを取り、キューバ人俳優トマス・カオ、ヘクター・ノアのほか、『ヘルボーイ』シリーズなどのロン・パールマンらが出演。第7回パナマ国際映画祭で観客賞を受賞したほか、正式出品されたトロント国際映画祭などで高い評価を得た。
 

あらすじ

東西冷戦末期の1991年。ベルリンの壁崩壊が引き金となった社会主義陣営崩壊はソビエト連邦を飲み込み、ソ連の友好国であるキューバ共和国はその余波の煽りで深刻な経済危機に苦しんでいた。モスクワの大学でマルクス主義哲学を修め、大学で教鞭を執るエリート共産主義者セルジオも生活苦にあえいでいたが、ある日、宇宙からの無線を受信する。それは、ソ連が誇る国際宇宙ステーション「ミール」に長期滞在中の宇宙飛行士セルゲイからだった。彼らは無線での交信を通じて友情を育むが、ソ連の崩壊によってセルゲイが帰還無期限延長を言い渡されたことを知ったセルジオは...
 

かんそう

2005年の「NO BORDER」というキャッチフレーズが印象的な、日清カップヌードルのCMを覚えているだろうか。国際宇宙ステーションから地球を眺めていた宇宙飛行士が、“最後のソビエト連邦国民”と呼ばれたセルゲイ・クリカレフだ。1991年、ミール宇宙ステーション滞在中にソ連が崩壊し、帰るべき国を失ってしまう。帰還無期限延長を宣告されたセルゲイ・クリカレフは、孤独を紛らわせるように地球に向かって無線交信していた。そのエピソードを元に、キューバのエルネスト・ダラナス・セラーノ監督が、生活苦ながら家族と幸せに過ごした1991年当時の自分をセルジオに投影させながら脚本を書いたのそうだ。キューバと言えば『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』の舞台だが、1991年は冷戦末期、社会主義崩壊の危機が暗い影を落とし、経済危機に瀕していた時代である。しかしそこに暮らす人々の表情に悲愴感はなく、陽気なキューバ音楽、ユーモアと風刺に彩られた実にかわいらしい作品であった。語源が同じセルジオとセルゲイの友情が…微笑ま…し……く……スヤァ……ハッ!!……スヤァ(断末魔)淡々とした日常の描写が続き、物語にドラマが少ないので、その日の午前中大掃除に取り組んだという肉体的ハンデもあり、敢え無く睡魔に襲われ、おそらく一番肝心なシーンを見逃した(てへ)。思うに、全てにおいてイマイチ求心力に欠けるのだろうと思われる。気が付いたらセルゲイがコカ・コーラを片手に微笑んでいた。その姿は笑いを誘うが、彼自身のアイデンティティやその背景を思うと切ない。キューブリックの「2001年宇宙の旅」を思い出させる壮大な「美しく青きドナウ」になんとなく感動してみたりして、1800円分良い映画だったんじゃないかなって思いたい。
 

【映画】ヘレディタリー/継承

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-79
『ヘレディタリー/継承』(2018年 アメリカ)
 

うんちく

祖母の死をきっかけに、さまざまな恐怖に襲われる一家を描いたホラー。本作が長編映画監督デビュー作となるアリ・アスターが監督・脚本を務める。主演は『シックス・センス』『リトル・ミス・サンシャイン』のトニ・コレット。鬼気迫る怪演で来年のオスカー主演女優賞のノミネートが期待されている。ドラマシリーズ「イン・トリートメント」などのガブリエル・バーン、『ライ麦畑で出会ったら』などのアレックス・ウォルフらが共演。『ムーンライト』『レディ・バード』などで次々に話題作を発表している気鋭の映画スタジオA24が製作している。
 

あらすじ

祖母・エレンが亡くなったグラハム家。娘のアニーは、夫のスティーブン、高校生の息子ピーター、娘チャーリーと共に、家族を亡くした喪失感を乗り越えようとしていた。やがてグラハム家に奇妙な出来事が頻発するようになり、祖母に溺愛されていたチャーリーは次第に異常な行動を取り始める。そして最悪な事態に陥った一家は修復不可能なまでに崩壊してしまうが、亡くなったエレンの遺品が収められた箱に「私を憎まないで」と書かれたメモが挟まれていた...
 

かんそう

実に重苦しい、カルト的な不気味を湛えた本作は、ホラーと言うよりオカルトである。オカルトとタイプしたら「おカルト」と変換されたが、オカルトはカルトに「お」をつけて丁寧に言い回したものではない。「オカルト」はラテン語のocculta(隠されたもの)を語源とし、触れたり感じたりできない超自然の現象のことであり、一方、「カルト」は、語源はラテン語のcultus(耕す)から生まれた言葉で、宗教的崇拝のこと、転じて反社会的団体を指して言う。作品に関係のないことを延々と書いていることから察していただきたいが、困ったことに、何を書いてもネタバレになりそうなのである・・・。少々難解ではあるが、張り巡らされた伏線と緻密に計算された完成度の高い脚本は、一筋縄ではいかない新しい恐怖体験をもたらした。悪魔崇拝精神疾患について知識があると、より楽しめると思われる。アリ監督はインタビューで「ホラーの枠を借りて、家族の物語を描きたかった」と語っており、特にロバート・レッドフォード監督の『普通の人々』に影響を受けたそうだ。ホラーでもあり、オカルトでもあり、サイコスリラーのようでもある。恐ろしいのは、たとえオカルト要素を排除しても、心をえぐられるような恐怖を見せつけられる点である。人が忌み嫌うものをひたすらに見せつけられ、ザワザワと心の奥底にある嫌悪感を煽られ、怖くないのに怖かったって、なんなのよ・・・。誰にでもおすすめしないけど、カルト的な世界がお好きな方はぜひ、この不快感を味わっていただきたい。
 

【映画】イット・カムズ・アット・ナイト

 
劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-78
 

うんちく

『イット・フォローズ』の製作陣と、『ムーンライト』『レディ・バード』『アンダー・ザ・シルバーレイク』など、刺激的な話題作を世に放ち続ける気鋭の映画製作スタジオ「A24」が手掛けるサイコスリラー。得体の知れない”それ”に怯えて暮らす2組の家族を描く。監督は、長編デビュー作となった『Krisha』で新人賞を多数受賞した新鋭トレイ・エドワード・シュルツ。『ラビング 愛という名前のふたり』などのジョエル・エドガートンが主演と製作総指揮を務め、『スウィート・ヘル』などのクリストファー・アボット、『ブルーに生まれついて』のカルメン・イジョゴ、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のライリー・キーオらが脇を固める。
 

あらすじ

森の奥深くにある一軒家。夜襲い来る“それ”の感染から逃れるため、ある一家が外界との接触を断ちひっそりと暮らしていた。家族は父ポールと母サラ、17歳の息子トラヴィスの3人。しかしある日、恐れていた侵入者が現れる。ウィルと名乗るその男は、妻と小さな息子がいること、水を手に入れるために人気のなさそうなポールの家に侵入したと打ち明けながら、自分たちが持っている充分な食糧との交換を持ちかける。ポールはその交渉をのみ、ウィル一家を受け入れることに。交流が増えるにつれ互いに心を開き、上手く回り始めたかに見えた集団生活だったが、ある夜、固く閉ざしているはずの赤いドアが開け放たれていたことをきっかけに、互いの家族に猜疑心が生まれ...
 

かんそう

「A24」の作品、というバイアスを持ってしても、これは余りにも独り善がりで難解すぎる。相当な注意を払い、全神経を尖らせて観れば、「It(それ)」が夜にやってくる意味、それらを暗示するもの、作中に散りばめられた違和感に気付くことができるだろう。見終わったあと狐につままれたような気分で様々な解説を読み、劇場でリピーター割を実施している理由が分かった頃になってやっと、この作品が持つ面白さがじわじわと押し寄せて来て、とんでもない作品であることを理解した。なるほどA24作品なわけであるが、いや、それにしてもである。よほどの達人でなければ無理だ。トラヴィスが見続ける悪夢、それに呼応するように幅を変えるスクリーンの画面比率、厳格な父親に抑圧されたトラヴィスの性に対する執心、不可解な出来事、湧き上がる疑念。それらを繋ぎ合わせ、推測するしかない。情報が削ぎ落とされることによって、不安を掻き立てられ、思考を巡らせる余白を生むが、あまりにも受け手に委ねすぎている感は否めない。しかしこの作品の核心は、「It(それ)」の正体でも勧善懲悪でもなく、異常な極限状態における人間の心理であり、それを描いたサイコスリラーとしては見応えがあった。とはいえ「A24」という印籠抜きでも同じように興味が掻き立てられたかどうかは分からない。自分自身に対しても疑念が湧く作品であった・・・。
 

【映画】A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー

 

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-77
『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』(2017年 アメリカ)
 

うんちく

『ムーンライト』『レディ・バード』『アンダー・ザ・シルバーレイク』など、刺激的な作品を打ち出し続ける気鋭の映画製作スタジオ「A24」が放つ幽霊譚。不慮の事故死を遂げ、シーツ姿の幽霊となってもなお、愛する妻への想いを胸に彷徨い続ける男の物語。サンダンス映画祭の観客賞を筆頭に、世界各国の映画祭でノミネート&受賞し、米映画批評サイトRotten Tomatoesでは驚異の91%の大絶賛を受け話題となった。『マンチェスター・バイ・ザ・シー』でアカデミー賞主演男優賞を受賞したケイシー・アフレック、『キャロル』でカンヌ国際映画祭女優賞を受賞したルーニー・マーラが共演。本作の監督デヴィット・ロウリーの『セインツ -約束の果て-』でも共演した実力派俳優が再び集う。
 

あらすじ

アメリカ・テキサス州郊外の田舎町。ある小さな一軒家に住む若い夫婦のCとMは幸せに暮らしていたが、ある日夫Cが交通事故で突然の死を迎えてしまう。妻Mは病院でCの亡骸を対面し、シーツを被せて病院を去るが、死んだはずのCはシーツは頭からシーツを被ったまま起き上がり、Mと暮らしていた自宅へ戻ってきた。生きている人には話しかけることもできず、MはCの存在に気付かないが、それでも彼は哀しみに暮れる妻を静かに見守り続ける。しかしある時、Mは前に進むため思い出のつまった家を引っ越す決断をするが...
 

かんそう

どこまでも静謐で美しい叙情詩だ。不慮の事故で亡くなった夫が妻を見守る物語といえば、不朽の名作『ゴースト ニューヨークの幻』を思い出すが、本作でゴーストとなった夫「C」は、もっと実態がなく、概念的である。そして、ラブストーリーでもファンタジーでもなければ、ホラーでもない。1.33:1のスタンダードサイズはゴーストの視界のようで、まさに「A GHOST STORY」である。ゆったりとしたカメラワーク、呆れるほどの長回しで、残された妻「M」の遣りきれない怒りと深い哀しみを我々も味わう。シーツを被った「C」の姿には、多くの人がオバQ…!!と心で叫んだに違いないが、見えないはずの表情から感情が伝わってきて切ない。そしてある時を境に、堰を切ったように流れ出す時間は時空を超え、妻が残した記憶の断片を探す旅へと彷徨う。そして気が遠くなるほどの時間の経過とともに、後悔か未練か、あるいは愛への執着か自問なのか、その場所に留まり続ける「C」は何かに固執しているだけの存在になっていく。彼のシーツは薄汚れ、「ずっと待ってるんだけど、いまでは何を待っているのかも忘れてしまった。」と言う。不思議な時間感覚に揺られ、戸惑いつつ思いを巡らせているうちに、ただただ待ち続けた「C」が「いつか戻るかも知れない自分」に宛てた妻の言葉に辿り着き、この壮大な物語は唐突に終わりを迎える。そしてその顛末に呆然とする我々だけが、その場所に置き去りにされてしまう。しばらくのあいだ、深い余韻が心に残って離れなかった。誰にでもお勧めできる作品ではないが、もし、誰かの琴線に触れることがあれば、いつかそのことについて話したいと思う。
 

【映画】おかえり、ブルゴーニュへ

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-76
『おかえり、ブルゴーニュへ』(2017年 フランス)
 

うんちく

フランス・ブルゴーニュを舞台に、ワイン醸造家だった父親の死をきっかけに10年ぶりに再会した三兄妹の悲喜こもごもが描かれる人間ドラマ。『スパニッシュ・アパートメント』『ロシアン・ドールズ』『ニューヨークの巴里夫(パリジャン)』からなる〝青春三部作″で知られ、現代フランスを代表する人気監督セドリック・クラピッシュがメガホンを取り、『理想の出産』などのピオ・マルマイ、『FOUJITA』などのアナ・ジラルド、『FRANK -フランク-』などのフランソワ・シヴィルらが出演。
 

あらすじ

フランス・ブルゴーニュ地方のワイン生産者・ドメーヌの長男ジャンは、世界を旅するため故郷を飛び出し家族とは音信不通だったが、父親が末期の状態であることを知り、10年ぶりに故郷ブルゴーニュへと戻ってくる。家業を受け継ぐ妹のジュリエット、別のドメーヌの婿養子となった弟のジェレミーと久しぶりの再会を果たすも、間も無く父親が亡くなってしまう。残された葡萄畑や相続をめぐって、さまざまな課題に直面するなか、父親が亡くなってから初めての収穫期を迎える。3人は自分たちなりのワインを造るため協力し合うが、その一方で、それぞれが互いに打ち明けられない悩みや問題を抱えていた…。
 

かんそう

フランス・ブルゴーニュ地方でドメーヌを営む家族の自立と再生の物語である。ドメーヌとは、自らブドウ畑を所有し(畑の賃借も含む)、栽培・醸造・瓶詰を一貫して行うブルゴーニュ地方のワイン生産者のこと。この手の作品は当たり外れがあるが、期待していたよりずっと面白かった。ややシリアスなテーマを扱いつつ、程よくユーモアを散りばめた脚本と演出で楽しめたし、ブルゴーニュの美しい田園風景を舞台にワインの製造過程を辿りながら物語が展開するので、ワイン造りを体験しているようで実に興味深い。親子、兄弟、夫婦の関係がワインのように醸成されていくさま、何よりこの家族がどれほどワインと家族を愛しているのか伝わってきて、共感とともに深く沁み入る。心が行き届いた、よく出来た作品という印象だ。ちなみにブルゴーニュワインを日本に紹介したのは、私の知人のおじさんである。噂では、ブルゴーニュ地方にシャトー(城)をお持ちとのこと。業界では非常によく知られた方で、一度ワイン業界の人に「甥を知ってる」と言ったら、飛び上がらんばかりに驚かれた。いや、直接は一ミリも接点ないからね?よく聞いて?なお、その甥っ子は、見知らぬ人に「格闘家ですか?」と声をかけられるくらいに野生児であるが、随所に隠しきれない育ちの良さが滲み出ている。ワインも人も、どんな風に熟成されようとその素性と生い立ちが礎となる、といういい見本なのであった・・・。